ナルシストになれる場所

この記事はだいぶ前に書かれたものなので情報が古いかもしれません

少しばかり便秘気味のときにトイレで思いっきり踏ん張っているときに「くっそー! なかなか出ねえ!」って思わず言ってしまった後「……あ。この場合の『くっそー』って、ダブルミーニングじゃね? 二つの意味かかってね?」って思いながら踏ん張る自分が意外と嫌いじゃない。



この前、夢の中でトイレが詰まってしまう夢を見ましてね。まあ、なぜか雑誌とか広告をトイレに流そうとしていたので、そりゃ詰まって当然っつー話なんですが、それを一生懸命ズッボンで押し込もうとしてるんですよ、自分が。ズッボン……通水カップって言うんだっけ? ラバーカップ?

で、結局流れないまま夢から覚めたんですけど、そのとき「あー……俺はもう現実に戻って来たから良いけど、夢の中の俺は未だに流れないトイレと格闘してるんだろうなぁ、大変だなぁ……最終的には結局流れなくて、汚水にまみれたあの雑誌とかを拾い上げなきゃいけないんだろうなぁ、大変だなぁ……」と意味もなく心配していた自分が意外と嫌いじゃない。



僕はどうもトイレに関わっているときだけ、自分のことがそんなに嫌いじゃなくなるみたいですね。

ってことは、自分のことを好きになるには、トイレと関わる時間をもっと増やせば良いのか。自宅で便所飯とか結構レベル高そうだな。

家にいるときは入浴と睡眠以外をトイレで過ごし、会社でもノートパソコンを持ってトイレで仕事をする。

そのうちに睡眠もトイレで仮眠を取る程度になり、洗顔などもトイレのウォシュレットを……いや、さすがにそこはダメだ。入浴だけは譲れねえ。

もし本当にそこまでトイレで過ごす時間が長くなったら、もはや我こそがトイレの神様と言っても過言ではなくなりますね。

そういや、トイレの神様の歌で、小学三年生の頃、五目並べをよくやってたみたいな歌詞が出てくるよね。俺もよくやってたよ、小学三年生の頃、五目並べを。

もっとも、あの歌に出て来る子はおばあちゃんと対戦してて、僕は一人で対戦してましたけどね、ははは。



しかしあれですね。本当にトイレに神様がいるかどうかは僕には分かりませんが、この時期、トイレの便座が温かいと、何か安心するよね。座った瞬間に「おほぅ……」っていう、えも言われぬ安心感があるよね。思わず神様に感謝したくなっちゃうよね。

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