解釈は自分の好きなように(しょせんは戯言だからね)

この記事はだいぶ前に書かれたものなので情報が古いかもしれません
クリリンは お医者様では ありません

おまとめ三行

何で「好き」と「〜のように」はどっちもlikeなん?
おそらく両者は密接な関係にある
クリリンはヤブ医者ではありません

英語の辞書で「like」って単語を引くと、「好き」っていう意味の他に「〜のように」っていう意味も出てきますよね。「like an angel(天使のように)」とか、日常的によく言いますもんね。普段の生活の中でごく当たり前に使いますもんね。

この二つ、日本語の感覚からいくと、あまり似通った意味でもなさそうなんですが……それなのにどうして、この二つの単語を同じものとして使っているのか。

昨夜、僕はそれについて考えてた。寝る間を惜しんで考えてた。なかなか眠くならないから漫画でも読んでうとうとしてくるのを待とうと思っていたのに、気がついたらその漫画を読み終わってしまって、でも一向に眠くならなかったから、仕方ないのでもう一冊漫画を読んで、それでもやっぱり眠くならなかったから、とりあえず考えてた。



〜のようにっていう言葉はようするに、似ているとか、そのものに近いみたいな意味ですよね。天使のように微笑んでいたら、その人の笑顔は天使に似ていて、なんかこう……すごい神々しいというか、純真無垢で悪意の欠片もなさそうな、そんな感じってことですよね。

っていうことは、例えば「俺、いつかあんたのように、立派な大人になりたいんだ」って言った場合、その人に少しでも近づきたい、その人の背中を追いかけて、その人と同じような人間になりたい、そういう意味が込められているわけですよね。

この場合、たぶん俺さんは、その人のことが好きだと思います。恋愛感情ではなくて、憧れとか尊敬って意味での好きですけど、少なくとも、好きでも何でもない人を見て、俺もあの人のようになりたいとは普通思わないでしょう。あの人にようになりたいと思った時点で、何らかの好意はその人に対して持っているはずです。あるいは、好意を持とうとしている。好きになりかけている。そんな状態だと思うんです。

つまり〇〇のようにっていうのは、それに対して心を通わせようとしている、すなわち、少なからず好きという気持ちが含まれているってことですよ。

「猫のようにのんびり自由に生きたい」って言った場合も、たぶん、「猫のことは大っ嫌いだけどあの生き方はうらやましいから俺もああなりたい」っていう感情になることは、少ないんじゃないでしょうか。猫の生き方をうらやましいと思っている時点で、ちょっとは猫のことを好きなはず。猫のことが嫌いだったら、もっと他の動物を引き合いに出そうとするはず。

以上のことから、「〜のように」と「好き」っていうこの二つは、極めて密接な関係にあるんじゃないかと。同じ単語を用いて表現しても差し支えないくらいの関係性なんじゃないかと。だから両方ともlikeが割り当てられているんじゃないかと。

そう考えると、本来「〜のように」って言葉は、好きなものに対してだけ使うものなのかもしれないですね。「あいつマジで悪魔のようにひどいやつだな。俺、あいつ嫌いだわぁ」みたいな使い方は、好ましくないのかもしれない。まあ、悪魔のことが好きって人も世の中いると思うけど。



今の猫の話じゃないですけど、自由に生きたいってのは、思いますね。自由にというか、好きなことをいっぱいやって生きたいって感じですかね。

人生一度きりですからね。どうせならやりたくないことばっかりやらされるよりも、やりたいことをやるだけやって生きたい。理想としては好きなことだけをやって生きていきたい。現実問題それは難しいけど、でもやっぱりそれを願わずにはいられない。

死ぬまで散々好きなことをやり倒して、そして最期は「まったく、良い人生だった!」とか良いながら派手に散りたいもんですね。

あの地球人のように。

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