人と人が支え合っている字は確かに存在する

この記事はだいぶ前に書かれたものなので情報が古いかもしれません
本人も否定してたもんね

おまとめ三行

実際のところ、人という字は、人と人とが支え合ってはいません
人と人は支え合って生きて行くべきだと思います
みんなも、これからはこう言ってあげたら良い

昔、金八先生が言っていました。

「人という字は、人と人とが支え合っている」って。

でも実際のところ、人という字は、人と人とが支え合ってはいません。



まあこの否定ネタって相当いろんなところで目にするんで、今更こんなツッコミをしているお前はどんだけ時代遅れやねんってみなさんも思っているでしょう。

ああそうさ、俺だって分かってるさ、そんなことは。何番煎じになることやらって自分でも思ってるさ。

だからこんなところでこの話を終わらせたりはしないのさ。俺はこんなところで終わるような男じゃない!……と思いたい。



本当のところ、人という字は、人が立っている姿を横から見た状態を表す字なのだそうです。ウィクショナリーにはそう書いてありました。



支え合うどころか、完全にお一人様しかそこには表されていないですね。

でも、人と人が支え合うという言葉自体は、すごく良い言葉だと思います。実際、人と人は支え合って生きて行くべきだと思います。

じゃあ、人という字の代わりに、そういう、人と人が支え合っている漢字は、果たしてないものか。

探してみました。



ありました。

「仁」です。

仁という字には、人を思いやるとか慈しむといったような意味があります。

仁は、「人」と「二」という字でできています。この二の方が、人を思いやる気持ちなどを表しているのだとか。

何で二が思いやりを表すのかというと、これもウィクショナリーのに書いてあることなのですが、人という字は、人間を横から見た姿を表すと同時に、腰掛けた様子を表す場合もあるようなのです。そんでもって仁の二の方は、そんな腰掛けている人に対して、背中を支えたり下に敷く物を提供してあげる様子を指しているんだそうです。それが相手を思いやっていることにつながっているわけですね。

この背中を支えるものだの敷物だのを、自分が用意したわけではなく、誰かが用意したってところがポイントですね。ようするに仁という字には、腰掛ける人間とその人を思いやる二人の人間が出てくるわけです。

ここだけ見ると、相手を思いやっているのは片方の人間だけで、支え合うというよりは一方的に親切を働いているようにも思えますが、でもこの腰掛けてる側の人も、いつもこっちにいるわけではなく、時には自分が別の人を思いやる立場になることもあるでしょう。つまりそうやって、みんながみんな誰かを思いやることが、大きな集団の中で互いを支え合うことになる。その様子を表したのが仁という字なのではないでしょうか。

これすなわち、仁は人と人が支え合うことを意味している字と言えるのではないでしょうかっ!?



ちなみに、皇室の男性にはこの仁が名前によく使われます。現在の天皇陛下も明仁という名前です。

仁を名前に使うのは昔からの皇族の伝統だそうですから、天皇陛下が国民を慈しむ存在であることを象徴しているってことなんでしょうね。



そんなわけで、みんなも、これからはこう言ってあげたら良い。

「人という字は、残念ながら人と人が支え合っている字ではありません。その代わり仁という字が、人と人が支え合っている様子を表していると言えます。だから人と人が支え合って生きて行くことは、間違ったことではないのです。だからみんな、汝の隣人を思いやって生きて行くのだぁっ!!」って。

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