「もしも」という言葉が、私はあまり好きではない。
仮定はしょせん仮定であり、現実ではないからだ。
もちろん、仮定がなければ先に進めないこともある。
でも私は、仮定するくらいならさっさと過程を進んでしまう性質なのだ。