「ぜん……めつ?」
 確かに今、そう聞こえた。
「間違い……ないのか?」
 俺の言葉に、健史は弱々しく頷いた。
「もうこれで三つ目だぞ……一体何が目的で、あいつは……!」
 三つ。住んでいる人が一人残らず殺された村の数。
 文字通り、一人残らずだ。男も女も老人も子供も関係ない。どれも人口の少ない小さな村だったとはいえ、この結果は酷すぎる。
 もっとも、正確な表現をするなら、惨事のあった時に村内にいた人間が一人残らずと殺された、になるので、たまたまその時別の場所にいて難を逃れた人も中にはいるかもしれないが、今のところそういう情報は入ってきていない。
 無差別大量殺人。この大惨事に一番納得出来る理由をつけるなら、その一言に限る。
 俺たちの予想が正しければ、次に奴が狙うのはこの村だ。別にたいした根拠があるわけじゃない。ただ、今まで襲われた村が三つともここの近隣の村だから、次あたりはここかもしれないという程度だ。決して低い確率ではないと思う。
 この村を、今までと同じ状態にするわけにはいかない。何としても、あいつを踏ん捕まえてやる。
 正義感を振りかざしたいわけじゃない。村を守るヒーローになるとか、そんなことを思っているわけじゃなくて、単純に、込み上げる怒りが抑えられないだけだ。今まで犠牲になった村の中には、俺やこいつの高校の友人も何人かいる。そいつらの分も含めて、あいつを捕まえたあかつきには、ボコボコに殴り倒す。本当なら百回殺したって殺したりないくらいだが。
「奴がもしもこの村にやってくるとしたら、たぶん今夜だよ。それか明日の夜」
 健史がそう言った。俺もそうだろうと思う。
「他のみんなも、同じようなことを思っているみたい。今日と明日の夜はみんなが臨戦態勢で臨むってさ」
「そりゃ良い考えだ。もちろん俺も乗るぜ。二十人で囲めば、さすがに奴も今までと同じにはいかないだろう」
 二十人。この村の人口。奴がどれだけの戦闘力を持っているのか知らないが、二十人もの人間が死ぬ覚悟で特攻しようと決めて奴にかかれば、さすがにこちらに分があるだろう。もちろん、命を無駄にしてもらいたくはないから、全員にそういう覚悟を強要するつもりはないが、少なくとも俺はそういう覚悟で臨む。
「僕もさ。何としてもみんなの恨みを晴らしてやろう」
 健史も同じ覚悟らしい。命を懸ける人間が二人いれば、十分だ。
 俺たちが先陣切って突っ込んで、あとは他のみんなに任せることができる。仮に俺たちが死んでも、誰かが奴を倒してくれれば、それで良い。
 夜、奴は予想通りにやって来た。奇襲も何もない、堂々と正面から、何の迷いもなく。
「おい、奴が来たぞ!」
 無線からそんな声が聞こえたので、俺はそう判断した。
 この村、他の村もだいたいそうだったが、獣道すら用意されていない藪から無理矢理入ってこようとしない限りは、進入ルートは二つほどしかない。全員でそのどちらか一方を押さえるという案も出たが、十人もいれば大丈夫だろうという案に大多数が賛成したので、その二つあるルートに人数を半分ずつ割いた。だから今、奴の目の前には十人近い人間が待ち構えていることになる。
「どうする?」
 健史が聞いてきた。そんなのは決まっている。
「俺たちもあっちに向かおう」
 人口の少ない小さな村とはいえ、端から端まではそれなりに距離がある。たぶん、俺たちが着く頃には勝負はついていると思うが、それならそれでいい。奴に制裁を加えることができれば、文句なしだ。俺自身が鉄槌を下せないということには多少の不満を覚えないでもないが、それは言いっこなしだ。みんながあいつには恨みを覚えているのだから、奴を倒すのは俺だなんて調子に乗ってはいけない。
 村の向こう側に向かう途中、何度か無線で状況を尋ねてみたが、返事はなかった。考えてみたら、いくら十対一とはいえ、殺す殺されるの競り合いをしている最中に、のんきに無線で連絡ってわけにもいかないか。状況は向こうに着いてからしっかりと確認させてもらうことしよう。
 そう思っていたのだが、無線で連絡が取れなかったのは戦闘に集中していたからではなかったというのを、目的地に到着した瞬間に俺は知った。
 村の入口付近で、六人の人間が倒れている。
「お……おい、みんな!」
 俺たちは六人に駆け寄った。それぞれ息があるかを確認してから、他のみんなと顔を見合わせる。全員が首を横に振った。
「そんな……嘘だろ?」
 十対一でも、奴は負けないというのか?
「――んな。聞こえるか?」
 無線から声が聞こえた。
「おい、みんな今どこにいるんだ!?」
「奴は村の中に逃げ込んだ。今、みんなで追っている」
 俺の問いに、無線の声はそう答えた。
 みんなと言っても、ここに六人の遺体があるから、残りはどう多く見積もっても四人だ。
「あいつ、隠れるのがかなり上手いな。バラバラに散って奴を追っているんだが、なかなか姿が見当たらない」
「バラバラにって……大丈夫なのか?」
 ここに六人倒れているということは、多人数でも分が悪いということだ。それが一対一となったら――
「いや、問題ねえ。こっちの犠牲は大きいが、あいつも何ヶ所かに傷を負ってる。そこそこのダメージはあるはずなんだ。今隠れてるのだって、怪我が思ったより深いせいなんじゃねえかと俺は踏んでる」
 六人もの犠牲を出して、何ヶ所かに怪我を負っただけか。どんだけ強いんだ、奴は。
「お前らも、捜すの手伝ってくれよ。死んだみんなのことを放ったらかしにするのは嫌かもしれないが、カタがついたらちゃんと弔うよ。だから今は……」
「分かった。でも念の為、お前たちも誰かと合流して、最低でも二人一組で捜索に当たった方が良いと思うぞ。俺たちはそうする」
「分かったよ」
 通信が途絶えた。
 さて、それじゃあ――
「みんなも話は聞いてただろ? 俺が今言ったように、二人一組で奴を手分けして捜すってことで、いいよな?」
 みんなが頷いた。俺の無線でのやり取りを聞いている途中で、きっとそうしようと決めていたんだろう。みんなは迅速に行動を開始した。
「俺たちも行くぞ、健史」
「うん」
 どこを捜せば良いのかは分からない。正直、隠れるところなんていくらでもある。
 しかし、堂々と正面からやって来たあいつが、多少傷を追ったからって隠れるものだろうか。最初から村の人間を全員殺そうと思っているのなら、できるだけ傷を負わない方法を選ぶのが普通だろう。正面から突っ込んでくるなんて、無謀だ。
「おい、いたぞ!」
 しばらく走り回ったところで、さっきとは別の無線からそういう応答があった。最初、俺と一緒にいた十人のうちの一人だ。
「今公民館の近くにいる。みんな来てくれ!」
 公民館なら近い。すぐに合流できる。
「急ぐぞ、健史!」
「うん!」
 俺たちは公民館に向かった。
 しかし、いざ公民館に着いてみると、誰の姿もない。奴の姿はもちろん、無線で応答していたあいつも。
「奴が逃げて、それを追ってここから離れたのかもしれない。全力で走っていれば、姿が見えなくても無理ないよ」
 健史がそう言った。その考えは正しい。
「おい、今どこにいるんだ?」
 俺は無線に呼びかけた。しかし返事はない。
「おい! どうした!?」
 やはり返事はない。奴と対峙している最中なのか、それとも――。
「くっ、しかたねえ。一か八か、こっちの道に行ってみよう」
 健史と俺は、公民館の裏手にある細い路地を走った。
 五百メートルほど走っただろうか。
 ついに奴の姿を視界に捉えた。
 奴は立ち止まっている。隠れる気配も、走って逃げる気配もない。
 奴との距離が二十メートルほどに迫ったとき、奴の前に二人の人間が折り重なるように倒れているのが見えた。
「お、お前ら……」
 無線で奴を見つけたと言っていたあいつだ。たぶん、もう息はない。
 奴は俺たちを見るなり、にやりと不気味に笑った。夜の闇と混ざることにより、不気味さがより一層際立っている。
 奴は、服のあちこちが破れているし、暗くてはっきりとは見えないが、腕とかから血が流れているのが分かる。確かに怪我を負ってはいるようだ。しかし、それを気に病んでいる様子は一切ない。
 何となく、奴を探し回りながら漠然と思っていたことだが、これはもう間違いない。
 奴は傷を負ったから身を隠したわけじゃない。縦横無尽に逃げ回って、俺たちを分散させるのが奴の狙いだったんだ。
 手負いの奴なら少人数でも何とかなるだろうと、まんまと俺たちは戦力を分散させた。その結果、じわりじわりと、獲物が狩られるように、奴は次々とみんなを――。
 ここに来るまで、もしかしたら他にも殺されてしまった人がいるかもしれない。
「おい、あそこ見ろ!」
「奴だ!」
 後ろから、そんな声が聞こえた。他の連中も、ここまで辿り着いたらしい。
 四人ほど合流して、俺たちは六人になった。各々、角材やらナイフやらを構えて、奴と向き合う。
「……ようやく見つけた」
 奴がそんなことを言った。いきなり何を言い出したのか俺には全く理解出来なかった。
 そして、その直後の奴の動きも――。
 常人とは思えないような速さで、奴はこっちに向かってきた。そして――
「健史!」
 奴は健史をさらって、再び俺たちから二十メートルほどの距離を取った。
「健史!」
 奴は健史の背後を取り、首筋にナイフを当てている。その間、俺は――俺たちは一歩も動けなかった。速いというのももちろんあるが、それ以上に、あの意味不明なセリフを言った直後の、急変した奴の威圧感に圧倒されたというのが大きい。
 あの迫力、飢えた野生の獣でも出せるかどうか。
「おい、健史をはな――」
 俺が言い終わる頃には、健史の首からは血が噴き出していた。何の躊躇もなく、奴は健史の首を切ったのだ。
 本当に、一瞬だった。
「あ、あ……」
 健史が、声ともならない声を上げた。
「健史!」
「……これで、やっと目的が果たせたよ」
 奴はまた不気味に笑い、投げ捨てるように健史を突き飛ばした。ついでに、健史の首を切ったナイフも放った。
「こいつが、そうだったんだ」
「何言ってやがる……!?」
「俺の生まれ変わりだよ」
「あ?」
 全く意味が分からない。
「お前、自分の前世が何か、知ってるか?」
 奴は俺にそう質問した。
「だから何を言ってんだ!」
「俺は知ってる。前世の自分も、その前の自分も、そのさらに前もだ。そういうのを調べてくれる奴がいてな。調べてもらったんだよ。はっ、知ったときにゃ愕然としたぜ。どの時代の俺も、どうしようもないくらいのクズだってな。生きてる価値もないくらいの」
「何言ってんだ、お前……」
 もはやそれ以外に出せる言葉が見つからない。
「だから俺は、来世以降の自分の生まれ変わりを、みんな殺すことに決めたんだよ。今の俺もクズだし、きっと今後の俺の生まれ変わりも、みんなクズに決まってるからな。生きていてもしかたない」
「じゃあ何か? お前は過去から来たとでも言うのかよ?」
 俺の横にいる奴が問いかけた。目の前で健史が殺されたのを見ているわりには、俺よりも冷静さを失っていない。
 奴はあっさりと、そうだ、と答えた。
「知ってるか? 過去にはタイムスリップできないが、未来にはできるってことを」
「それで? 健史がお前の生まれ変わりだって言うのかよ」
「そうだ」
「それも調べてもらったってか? 頭おかしいんじゃねえの?」
 今度は、いや違う、と奴は問いを否定した。
「俺も、未来の自分と会うのは初めてだから上手く説明できないが、それでも見た瞬間にピンと来たんだよ。こいつが生まれ変わりだってな」
 奴が蔑むような視線を、足元に倒れている健史に向ける。不愉快極まりない。
「健史はお前が言うようなクズじゃねえぞ。ふざけんな」
 今度は別の奴が、目の前の殺人鬼に突っかかった。奴は哀愁を込めた笑みを浮かべ――
「いいや、クズだ。俺には分かる。何せこいつは、俺の生まれ変わりだからな。今はそうでなくても、いずれ必ずクズになる。だったら今のうちに、俺が殺しておくのが懸命ってもんだろ?」
「てめえ……!」
 こいつの生まれ変わりが健史だとか、そんな戯言はどうでもいい。こいつが健史を、俺の親友を殺したって事実に変わりはない。
「どうやって未来の自分を見つければいいか分からなかったから、とりあえず手当たり次第殺っちまったが、ようやく終わりだ。もうこの時代に用はない」
 そう言って奴は健史をまたぎ、一歩、また一歩と俺たちに近づいてきた。
 確かに奴は、ナイフを捨てた。ひとまずは、これ以上の殺人を犯さないつもりだろうか。
 あと数歩で俺たちの間合いに入ろうかというところで、奴は立ち止まり――
「……と思ったけど、気が変わった」
 ポケットに手を突っ込んだかと思ったら、またあの素早い動きで一瞬にして俺の目の前までやって来た。
「人を殺すってのは、案外楽しいものだってことが、この時代に来てよく分かったからな。もう少し楽しませてもらうか」
 気がついたときには、俺の体の四ヶ所に穴が空いていた。
「ぐはっ……」
 一歩も動く間もなく、俺は致命傷をもらっちまったらしい。
 俺だけじゃない。その場にいた残り全員が、一歩も動けずに奴の餌食となった。あの、小動物くらいなら睨むだけで殺せそうなほどの威圧的な視線を向けられると、金縛りにあったかのように体が動かなくなってしまう。
 その結果が、このざまだ。みんなの無念を晴らすどころか、俺もみんなと同じ目にあっちまった。
 こいつが過去から来たとか、自分の生まれ変わりを殺しに来たとか、そんな与太話が本当か嘘かは、関係ない。
 とりあえず、奴自身の言葉通り、こいつはどうしようもないクズだ。すでに殺人の目的が快楽に変わっている。
 誰か、こいつを止めてくれ。でないと、もっと多くの犠牲者が出る。
 俺にはもう、それはできない。