目の前で、何人もの死を見てきた。
 傍から見れば仲間、という存在なのかもしれないが、僕は彼らに対してそういう感情を持ったことはない。
 同じ釜の飯を食っているというだけの間柄に対して仲間という単語を使うのであれば、彼らは紛れもなく僕の仲間であるが、でもここで言う仲間は、もっと友情にも似た絆のようなものを持ち得ているかどうかに起因する。その定義でいくと僕は彼らに仲間意識は持っていないし、たぶん彼らも僕のことを仲間だとは思っていないだろう。仲間だったら、もう少し僕の言うことを素直に聞き入れる筈だ。
 僕は、彼らより上の立場にある。もっとも、このチームに実際的な階級は存在しないから、単純に能力が優れているかどうかで判断した場合になるけれど、状況判断力や危機回避能力、単純な身体能力を取っても、僕が彼らに劣る部分は見当たらない。彼らより僕の方が劣っていれば、今頃僕は生きていないだろう。
 このチームで何人もの人間が、時に判断を誤り、時にその身体能力の低さが仇となり、死んだ。でも僕は未だに生きている。つまりそういうことだ。
 死人が出るとチームのメンバーが補充される。自然、ずっと生き残っている人間が古参となり、階級が存在しなくてもチームのまとめ役となる。ほんの一年前までは僕が一番の新人だったはずなのに、今では僕より古参の方が少ない。
 だから、作戦中には僕もよく指示を出す。命令もする。注意も呼びかける。
 でも彼らはあまり僕の言うことを聞かない。そして命を落とす。
 そのたびに僕は思い、死んだ仲間の墓前に言葉を残してきた。
「ほら見ろ。人の言うことを聞かないからだ」
 僕は無能な人間には興味がない。僕の言うことが正しく理解出来ない、忠告した通りに動けない、そういう奴は僕からすれば無能でしかない。
 僕の言うことをしっかり聞いてその通りに行動していれば結果はついてくるのに、どうしてみんな、そうしないのだろう。不思議でならない。
 分析しても無意味だが、半分くらいは嫉妬に近い感情があるのだと思う。誰だって、自分の無能さは認めたくないし、無能な奴ほど有能すぎる相手を妬ましく思うのは人として当然だ。反発したくもなるかもしれない。結果的にはそれがより自身の無能さを露にしてしまうわけだけど、悲しいかな、無能ゆえにそのことに気づけないのだ。
 または、無能なせいで僕が有能であることを分かっていない可能性も考えられる。僕のことを無能だと思っているから、命令を聞いても仕方ないと、そう思っているやつもいるだろう。
 有能な人間は、同じく有能な人間の言葉を無視しない。無下に切り捨てたりしない。言葉を噛み砕き、その真意を理解し、自分の中に的確に取り込む。それができないのは無能な証拠だ。ある意味、死ぬのは当然の帰結である。

 そんな僕だが、実は今、身柄を拘束された状態にある。罠にはまったからだ。
 どんなに有能な奴でも、たまにはこんなミスをすることもある。あるいは、それだけ敵の罠が見事だったとも言えるだろう。
 実際、僕が僕よりも有能だと過去に認めていた人でも、自身が招いたミスのせいで命を落とした人もいる。その人は、チームに取ってなくてはならない存在だったから、誰か別の人を犠牲にしてでも助けられれば良かったのだが、残念ながら誰もその役を務めようとは思わなかったし、何よりその人自身が僕達の助けを拒んだ。お前らは生きろと、あの人は最期にそう言った。僕達はその言葉に従った。
 今回も似たような状況だ。前ほど猶予がない状態ではない分、今の僕はあの時よりも助けやすい環境にあると言って良い。
 僕は彼のように助けを拒んだりはしない。死にゆく自分を顧みず、皆に生きろと言えた彼は勇敢だったのかもしれないが、正しい判断だったとは僕には思えない。
 チームの為により有能な奴が生き残るべきなのは当たり前のことだ。だから僕は素直に自分を助けるように周りの皆に呼びかける。普段どれだけ言うことを聞かない彼らでも、さすがにこの状況で僕の声を無視するほど馬鹿ではないだろう。無能なのは確かだが、それでも最低限の分別と判断力は持ち合わせているはず。それがなかったら、そもそもこのチームに入ることすらできていない。
 しかし、予想に反して、誰も助けに来ようとはしない。目の前にいる僕を捕まえて磔にした男達に対しても、何のアクションも取らない。
 相手はたった三人だぞ。こっちはその倍もいる。一人か二人を特攻に使って隙を作らせている間に残りが応戦、あるいは僕の救助に来るなりなんなり、どうとでも作戦は取れるじゃないか。僕を開放してくれれば、三人くらい蹴散らしてやる。確かに今は不覚を取っているが、さっきみたいな突飛な奇襲でもない限りは、三人くらいどうにでもなる。
 そう言いたいところだが、口を塞がれているので指示が出せない。
「ふん、どうやらお前さん、完全に嫌われちまってるようだな」
 銃を突きつけながら、三人のうちの一人、リーダー格っぽい奴が言った。
「ま、お前の噂は俺達の方にも届いてるからな。少々腕は立つが、仲間を仲間と思わねえクソ野郎だって。無能な奴は死んで当然。それがお前の口癖らしいな。けっ、そりゃ愛想も尽かされるわな」
 別の男が言う。
「誰かお前に親切に教えてくれる人生の先輩はいなかったのか? もう少し仲間を大切にしろって」
 ――先輩。
 そういえば、いつだったか、当時僕よりもチームの先輩だった人に言われたことがある。

「お前はもう少し柔和になれ」
 僕は彼が何を言っているのか分からなかった。
「仲間をもう少し大切にしろってことさ」
「……してないですか、僕?」
「自分でしてると思ってるのか?」
 僕は別に、彼らをどうでもいいと思っている訳じゃない。無能な奴には何を言っても無駄だろうと思っているだけで、有能な奴ならないがしろにはしない。誰だって使える道具は重宝するだろう。
 それに、馬鹿とハサミは使いようという言葉もある。無能な道具にだって、使い道が全くないわけではない。それを使う人間が有能でさえあれば、捨て石にも価値は出る。
 先輩は深く溜め息をついて――
「そんなんじゃ、いざって時に助からないぞ」
「僕は人より優れた判断力を持っています。他のみんなよりは助かる確率はずっと高いと思いますが?」
「そういうことを言ってるんじゃない」
「……?」
 やっぱり彼が何を言っているのか、僕には分からなかった。現に、僕は他の人よりも高い生存確率を出しているのだ。先輩だってそれが分かっているはずなのに。
 何となく、この人も嫉妬しているのかな、と思った。この先輩は決して無能ではないが、僕と比べて有能かと言われると、そんなことはない。後輩が自分より優れていたら、やはり妬みの一つや二つはあって当然だ。
 僕は彼の言葉をすぐさま頭から追いやった。人の妬みに耳を貸しても仕方ない。僕に必要なのは、有能な人物の有用な意見だけだ。無能の意見は無用。

「どうやらてめえは、人の忠告を素直に聞けない性格らしいな」
 男の言葉に、僕の眼前から回想が消える。
「自分を絶対的な存在だとでも思っているのか? 少々腕が立つ程度で。おめでたい頭してやがる」
 銃口を額に押しつけられた。
「お前、自分以外の仲間のことをとことん見下してんだろ?」
 見下してなどいない。正確な分析に基づく正当な評価を下しているだけだ。
「残念だけど、そういう奴は長生きできねえよ。多少腕が立ったとしてもな。今までは悪運に助けられて来たり、手前勝手に仲間を犠牲にして、踏み台にして生き残って来れたんだろうが、ここに来て漸くそのツケが回って来たってとこかな」
「お前、自分が有能だから今まで生き残って来れたとか思ってんじゃねえだろうな? 今まで何人を捨て駒にして来た? そいつらの犠牲がなかったら、お前はとっくに死んでるんだぜ」
「それも分からないとは、よほど無能なんだな、お前。少々腕が立つってのも、ただ生き残れたってのに尾ひれがついただけなのかもな」
 三人が口々に勝手なことを言った。こちらが何も言い返せないのをいいことに、随分な口を利いてくるものだ。
 たぶん、この三人も無能な部類に入るのだろう。無能な奴ほどやたらと言い訳をしたり減らず口を叩くものだ。そんな奴に捕まってしまったのは本当に一生の不覚としか言いようがないが、世の中、まぐれというものもある。
「何か言い残すことはあるか? 特別に許可してやるよ」
 そう言いながら、銃口の狙いは外さず、男は僕の口を塞いでいた布を乱暴に拭った。
 これで喋れる。
「おい! お前達、今直ぐ僕を助けろ!」
 敵方の三人には目もくれず、僕は遠巻きに突っ立っているチームのメンバーに向かって叫んだ。
「全員で特攻してこいつらを殲滅しつつ僕を解放しろ! 一人や二人、犠牲になっても構わん! 僕が解放されればそれ以上の戦力になる。形勢は確実に逆転する」
 しかし誰も反応しない。この期に及んでも、僕の言うことを聞かないのか。どれだけ無能な奴らなんだ。同じチームのメンバーとして情けない。
「お前は自分の無能さともう少し向き合うべきだったな」
 声に反応してリーダー格の男を見ると、彼が引き金に手をかけるのが見えた。
「ま、待て……」
 僕は、死ぬのか? 本当にこんな中途半端なところで。無能な後輩にばかり恵まれたおかげで、有能な僕が――
「見苦しいぜ」
「こ、殺さないでくれ……頼む……僕は、こんなところで死にたくない」
「悪いがそりゃ聞けねえな」
 男が不敵に笑った。
「無能な奴は死んで当然、なんだろ?」
 ひきがねを引くのが見える。
「じゃあな」
「ま、待っ――」
 脳内に響く高温と轟音。目の前が一瞬にして真っ白になる。
 薄れ行く意識の中で、しかしはっきりと、僕は誰かの言ったその言葉を耳にした。
「ほら見ろ。人の言うことを聞かないからだ」