狸と狐と狢

「どっちが正解なんだ?」
「左だ」
「間違いないな?」
「俺が今まで暗号解読をミスったことがあるか?」
「……そうだな」
 ヒロシは大きく頷き、タカユキを見てニヤリと笑った。
 タカユキがその笑みに僅かな不審感を抱いた次の瞬間、ヒロシが懐から何かを取り出したかと思うと、刹那の間も置かずに轟音が響き渡った。
「ぐっ……な、何を……」
 瞬きする間もなく、ヒロシの手に握られた銃から放たれた弾丸は、正確にタカユキの心臓部にヒットした。
 タカユキの体が、スローモーションの動画を見るように、ゆっくりと地面に倒れ込む。
 ヒロシが、勝ち誇った笑みをタカユキに向けた。
「お前の暗号解読の腕前は、確かに信用してるよ。だがそれだけだ。この意味が分かるか?」
「てめぇ……最初からそのつもりだったのか……?」
「ナオヤにも感謝してるぜ。あいつのおかげで、こうしてここまで辿り着けたんだからな」
 あっはっは、とヒロシが豪快に笑った。
 さすがにレアな宝が眠っているだけのことはあるのか、洞窟の中には侵入者撃退用のトラップがいくつも仕掛けられていた。その中の一つに、財宝を守る番人でも務めているのか、得体の知れない変な奴が数人襲ってくるトラップがあった。
 最初は三人で応戦しようかとも思ったのだが、ナオヤが一言、ここは任せろ、と言って敵と向き合ったので、ヒロシとタカユキはナオヤに従い、その場を後にした。
 この洞窟に来る前、三人は手に入れた宝はきっちり三等分すると約束したが、ヒロシには、最初からその約束を守る気はなかったようだ。
「あの世でナオヤによろしく言っといてくれ」
「このやろう……」
 タカユキがヒロシをにらんだ。しかしそんなのは全く意に介さず、そよ風を受け流すような軽いしぐさでヒロシはふっと笑い、皮肉交じりの笑みをタカユキに向けた後、目の前にある二つの扉のうち、左側の扉に向かって歩き出した。
 この先に宝が眠っている。期待に胸を膨らませるなという方が無理な話だ。ヒロシは、クリスマスイブの夜にサンタを待ちわびる子供のように踊る心を必死に落ち着かせ、大きく深呼吸をしてから、扉を押そうと両手を触れた。
 直後――
「なっ!?」
 扉は貝のように開くことを拒み、代わりに天井から鎖が飛んできて、あっという間にヒロシの両手を縛り上げてしまった。そのまま鎖に引っ張られ、宙ぶらりんの状態になる。
 脳の方は、突然の出来事に処理が追いつかず、未だに状況が把握できていない。
「こ、これは……?」
「ふ……あはは……」
 背後から乾いた笑い声が聞こえた。何とか体全体を回転させて振り返ると、銃弾で倒れたはずのタカユキが立ち上がろうとしている。
「タカユキ……お前、何で……?」
 完全に立ち上がり、タカユキが上着を脱ぐ。
「防弾チョッキ……?」
「こんなこともあろうかと思ってな。あれだけの至近距離で喰らったからさすがにノーダメージってわけじゃないけど、弾は心臓まで届いてない。死にゃしないよ」
「これは一体どういうことだ?」
「そんな状態になって、まだ理解できないのか?」
 今度はタカユキがヒロシに向かって皮肉な笑みを浮かべる番だった。
「この扉はな。両方トラップなんだよ」
「何だと?」
「ヘマタイトって宝石、知ってるか?」
「ヘマタイト……?」
「俺たちが目指す先には、どうやらヘマタイトがあるらしい」
「暗号に書いてあったのか?」
 そうだ、とタカユキが頷く。
「ヘマタイトってのは、別名身代わり石って呼ばれててな。これは持ち主に危険がせまったときに身代わりになってくれるって意味なんだが、どうやらこの身代わりって部分が、このトラップの肝なんだ」
「身代わり……まさか」
 そのまさかだ、と言って、タカユキが再度頷いた。
「この最後のトラップ、これは誰かが身代わりにならなければ先に進めないようになってるんだ。左の扉を選ぼうが右の扉を選ぼうが、結果は同じ。一人が犠牲になり、本当の扉が出てくる仕掛けになっている」
 タカユキが右を指差す。ヒロシもそちらに視線を向けると、それを待っていたかのようなタイミングで、振動と共に壁の一部が扉に変化した。
「お前がそうやって吊るされている限り、あそこは扉になったままってことだな」
「タカユキ……お前、最初から俺を犠牲にするつもりだったのか?」
「お互い様だろ?」
 タカユキもまた、約束など関係なしに、最初から宝を独り占めするつもりだった。
 ヒロシはナオヤと違い、自分では暗号の内容が全く分からない。タカユキにとっては、そんなヒロシを騙すことは三桁の数字を足し算するよりも簡単なことだった。ナオヤはある程度自分で暗号が読めるから、出し抜くのは難しい。ヒロシよりも先にナオヤが脱落したことは、タカユキにとってはまさに幸運だった。盗みの神ヘルメスが微笑んでいるとしか思えない。
「さて、それじゃ、宝を拝みに行くかな。本物のヘマタイトをな」
 形勢逆転。今度はヒロシがタカユキをにらみ、それを受けたタカユキがほくそ笑む。
「本物?」
「ああ、あの扉に何か彫ってあるのが見えるだろ? あれも暗号文だ。この先に進めば本物のヘマタイトをあなたに……と書いてある」
「ヘマタイトってのは、そんなに高価な宝石なのか?」
「この先にあるメインディッシュはヘマタイトじゃない。ヘマタイトはさっきも言ったように、持ち主の身代わりになってくれると言われている。だから古代エジプトや古代ローマでは守護石と呼ばれ、兵士が身を護る護符として持ち歩いていたんだ。つまり……」
「この先にあるヘマタイトも、本物の守護石として、宝を護っている」
「お前もたまには頭が回るんだな」
 タカユキが、明らかに揶揄を込めた拍手をヒロシに送った。ヒロシの目つきが一層きつくなったが、どうせこの状態では何もできない。タカユキもそれを分かっているからこそ、ヒロシをからかっている。
「そんな顔すんなよ。ま、そのうち誰かが助けに来てくれるさ。一年後か、それとも十年後か……それまで精々、餓死しないように頑張ってくれや」
 そんじゃ、と言ってタカユキは、ヒロシが吐いた罵詈雑言を、釘を打たれた糠のように悠然と聞き流し、新たに出現した扉の奥へと進んで行った。
「……くそが」
 自由に身動きが取れないヒロシは、悪態を吐くくらいしかできることがなかった。

「ヒロシ!」
 遠くの方からその声が聞こえたのは、タカユキの姿が見えなくなってから三十分くらい経ってのことだった。
 しかし今のは、タカユキの声ではない。そうなると残りは――
「ナオヤ……か?」
 その答えが正解であることを証明するかのように、暗がりから一人の男が走ってくるのが見えた。近づくにつれ、顔の輪郭から、目、鼻、口のパーツもはっきりと見えてくる。
 走ってくる男は、間違いなくナオヤだった。
「お前、生きてたのか?」
 ヒロシの前まで走ってきたナオヤは、膝に手をついて激しく肩を上下させた。
「ヒロシ……お前……一体どうしたんだ?」
「落ち着いてからで良いよ」
 ナオヤが乱れた呼吸を整えるまでには、三分ほどの時間が必要だった。
「で、お前、何でそんな鎖で吊るされてんだ?」
「タカユキに嵌められたんだよ」
「嵌められた?」
「あいつ、誰かを犠牲にしないと先に進めないことを知ってて、俺をこんな目に遭わせやがったんだ」
 ナオヤは、あごに手を添えて下を向いた。
「タカユキは、俺たちの中で唯一、暗号が全部読めるからな……」
「それよりお前、どうやってあいつらを倒したんだ?」
 ヒロシの言葉に、ナオヤが顔を上げる。
「ん? ああ、あいつら、実はたいして強くなかったんだ。見た目がやばそうだから相当強いんだろうなって俺も思ったけどな。どうやらあの時は、三人で応戦してても楽勝だったらしい」
「見た目にすっかり騙されたってことか……まあいい。それよりナオヤ、お前、この先に進んで、タカユキを止めてくれ」
「ああ?」
「俺がこうしてる限りは、トラップが発動せずに先に進めるらしいんだ」
「いや、でもよ……」
「俺はあいつを許せねえ。確かに俺はここから動けないけど、別に今すぐ死ぬわけじゃない。お前がタカユキを止めて、また戻ってきてくれりゃ良い。宝をタカユキに独り占めされるなんてまっぴらだ。あいつを止めて、俺たちで山分けしようぜ」
 ナオヤはしばらくその場を動かなかった。ヒロシの言葉に素直に従ってタカユキの後を追うか、あるいは今ここでヒロシを解放すべきなのか――。
「俺は帰ってきてからでも間に合う。でもこのままじゃ、タカユキにまんまと宝を取られちまうぞ」
「……分かった」
 逡巡の後、ナオヤはヒロシの言うことに従うことにした。
「で、どっちの扉を行けば良いんだ? 扉は二つあるぞ」
「あっちの扉だ」
 指差すことはできないので、ヒロシはあごで選ぶべき扉を指した。
 ナオヤは、ヒロシが指した扉と、もう一方の扉を交互に見やり、それから大きく頷いた。
「その状態は大変だろうけど、もう少し辛抱してくれな」
 そう言って、今いる場所から近い方の扉に小走りで向かい、勢い良く扉を押し開けようとした。ところが――
「……何だ?」
 タックルに近い勢いで扉に向かって行ったが、扉はびくともしなかった。代わりに天井から鎖が伸びてきて、ナオヤの腕を拘束する。数秒もしないうちに、ナオヤはヒロシと同じ状態になってしまった。
「おい、これはどういうことだよ!?」
 ナオヤが体をひねってヒロシの方を向く。
「! ヒロシ……お前何で?」
 ナオヤの視界に映っていたヒロシは、先刻までと違い、鎖から解放された状態で立っていた。長時間捕縛されていたせいで手首を傷めたのか、交互に両の手首をさすっている。
 そのヒロシが手首をさするのを止め、ナオヤを見て不敵に笑った。
「確信はなかったんだけどな。タカユキが、このトラップは誰かが身代わりになるものだって言ってたからよ。ついでにどっちの扉もトラップだとな。だからもしかしたら、他のやつが捕まったら、俺は解放されんじゃないのかって思ったんだ。ビンゴだったな」
「俺を騙したのか!?」
 ヒロシはあっさりと、ああ、と頷いた。
「タカユキが行ったのはその扉じゃない。あっちだよ」
 あごで指したのとは別の方の扉をヒロシが指差す。
「くそっ……お前もタカユキも、どっちも見つけた宝は独り占めする気でいたんだな? それも最初から!」
「まさかタカユキも同じこと考えてるとは思わなかったけどな」
「何てやつらだ……」
「お前には感謝してるよ。さっきといい、今回のこれといい、結果的に二度も助けてもらってるからな。まあ、その恩は仇で返すことになるけど、我慢してくれ」
「お前ら、覚えてろよ!」
「言われなくてもお前のことは忘れないよ。お前みたいな間抜けでお人好しな奴は、俺の周りにいないからな。んじゃ、そういうことで」
 鎖から解放されたことが精神にもカタルシスを与えているのか、ヒロシは鼻歌混じりに軽やかなステップで、タカユキが入って行った扉へと消えて行った。
 ヒロシが奥に進み、閉まってからも、ナオヤはずっとその扉をにらみつけていた。

 扉の先はひたすらに一本道が続いていた。ヒロシがタカユキの姿を発見したのは、とても洞窟の中とは思えない、広いドーム状の空間に出た時だった。
 洞窟の中と思えない理由は、広さのせいだけではない。天井の一部に穴が開いており、そこから差し込んでくる光が部屋中に散りばめられた様々な宝石に反射し、幻想的な虹を作り出している。
 そして、部屋の中央に無言で佇んでいる男が一人。幻想的な光景に心を奪われているかのように、じっとその場を動かない。
「タカユキ」
「思ったよりも早く助けが来てくれたんだな。餓死しなくて良かったじゃないか」
 言いながら、タカユキがゆっくりとヒロシの方に振り返る。
「宝は、そこにあるのか……?」
 ヒロシの言葉を肯定するように、タカユキがすっとその場を離れた。視界に現れたのは、赤みがかかったような黒い石の塊。幻想的な色をそこかしこから放っているこの部屋の中で、そこだけ異様な空間を形成している。
 まるでその一部だけ、何かから護っているように――。
「それが、ヘマタイトか?」
「赤鉄鉱って呼ばれる鉱石だ。加工する前だから、宝石って感じはしないけどな」
「で、宝は?」
「この中心にある」
 ヒロシは、ヘマタイトが敷き詰められた場所に近づこうとした。
 しかし――
「動くな」
 宝やヘマタイトを護るように、タカユキがヒロシの前に立ちふさがった。
「おいおい、何のつもりだよ、タカユキ」
「そりゃこっちのセリフだ」
 タカユキが、そっと拳銃を取り出し、ヒロシの眉間に狙いを定める。
「お前はその場を一歩も動くな」
 ヒロシの早抜きの腕は確かだが、既に銃を突きつけられた状態では、さすがに相手よりも先に撃つことは難しい。懐から取り出そうとした時点で、タカユキはひきがねを引くだろう。
「な、なあ、タカユキ。確かに俺もお前も宝は独り占めしようって考えてたけどよ。お前は、あのトラップを回避するための囮が欲しかっただけなんだろ? 俺はもうその役割を果たしたし、その上でこうしてここまで来られたんだからよ。山分けでも良いじゃねえか」
「俺がそんな言葉を信用すると思うか?」
「いや、でもよ……宝を手に入れても、今度はここから脱出しなきゃならない。帰りもトラップがあるかもしれないし、一人より二人の方が良いだろ?」
「で? 無事に脱出できたら隙を見て俺を殺す……か?」
「そんなことしねえよ。約束する。二人で無事に脱出できたら、取り分はお前が多くて良い。六対四……いや、七対三でも納得するよ。どうだ?」
 タカユキはヒロシから一瞬たりとも視線をはずさず、口元だけを奇妙に歪めて笑った。
「ここから脱出する際のトラップの危険は確かにある。それはヒロシ、お前の言う通りだ。だが、このままお前と二人で脱出しても、危険度は変わらない。いつ襲ってくるか分からないトラップと、いつ俺の背中を撃つか分からないお前……どう違う?」
「わ、分かった。じゃあ八対二でどうだよ?」
 タカユキは首を横に振った。
「十対ゼロだ。残念ながら」
 ひきがねにかけている人差し指に、力を入れる。
「お前がさっき俺の額を撃ち抜いていたら、こんな結末にはならなかったのにな。心臓を狙った時点で、お前は俺に負けてたんだよ」
「ま、待て……!」
 室内に轟音が鳴り響く。
 十メートル以上は距離があったが、タカユキは正確にヒロシの眉間を撃ち抜いた。銃弾を受けたヒロシが、大の字になって後ろに倒れる。仰向けの体勢のまま、ヒロシはピクリとも動かなかった。
「身代わりになってもらうだけじゃダメなんだよ。死んでくれなきゃ、俺の望む役割を果たしてくれたとは言えない」
 タカユキは遺体となったヒロシの体を蔑むように見下ろした後、まるでそこにヒロシがいることなど一瞬で記憶から完全に消去してしまったかのように顔から一切の感情を消して、宝の方に回れ右をした。
「さて……と」
 ヒロシが来るまで、すっかり幻想空間の虜になってしまっていたが、この風景を眺めるためにここまで来たわけではない。
「宝をいただいて帰ろう」
 ヘマタイトに護られているのは、これまた鉱石の一種であるが、タカユキの知識にあるどの鉱石とも一致しない。
 タカユキは、鉱物には詳しい。図鑑や百科事典に出てくるような鉱物は、ほぼ全て網羅している。そのタカユキの広いデータベースの中に該当するものが一件もない以上、これは未確認鉱物の可能性がある。
 希少も希少、激レアの宝石になり得る可能性だって高い。然るべきところなら、相当な高値で売れることは間違いないだろう。なかなかに興味深い宝が眠っていたものだ。
 タカユキは手を伸ばし、バレーボールよりも二回りほど小さい、新種と思わしき鉱物を両手で掴んで取り上げた。
「不思議な石だ……」
 そんなことを思ったのも束の間、突然室内を震動が襲った。
「な、なに!?」
 あっという間に震動は立っていられないほどに激しくなり、天井の一部が崩れ始めた。
「ま、まさか、これも……」
 侵入者対策の罠だろうか。目的の鉱物を手にしたら、部屋全体が崩れるという――。
「早く脱出を……!」
 と思うのだが、震動が予想以上に激しくて、走ることはおろか、歩くことすらままならない。
 崩壊は一気に全体に広がり、天井や壁にある宝石が重力に従い次々と落下してくる。
 ついにタカユキは、バランスを失って地面に倒れた。そこに降り注ぐは宝石と岩石の嵐。
「くっそぉ……何でだぁ!!」
 それが、タカユキの辞世の句になった。

 震動が止むのを待ってから、ナオヤはのっそりと立ち上がった。
 手首を縛り上げていた鎖は、今はもうない。
「すげえ震動だったな……これじゃ、二人とも助からないか」
 ナオヤは、先ほどまで自分の直ぐ目の前にあったドアの前に立った。
「タカユキもとんだバカだな。暗号文が読める力があるのに、その奥に隠された意味には気づかない……」
 一度視線を右に向けた。そこには、ヒロシとタカユキが入って行った扉がある。
 扉の前には、暗号文が彫られている。
「この先に進めば本物のヘマタイトをあなたに……か。くだらねえな。本物のヘマタイトを進呈するとでも書いてあれば、俺もヒロシの言葉を無視して迷わずこの扉の奥に進んでただろうけど」
 ヘマタイトは、通称身代わり石。宝石言葉にも身代わりという言葉がある。
 つまりこの暗号文の真の意味は、この先に進めば本当の身代わり役をあなたに任せる、そんなところなのだろう。
 タカユキはそこまで考えず、この先に宝があると勘違いした。そして身代わり役を、本人も知らないうちに任されることになった。その結果がどうだったかは、この震動の激しさが物語ってくれている。
「ま、ヒロシとタカユキには悪いけど、宝は俺一人のもんだな。まさかあいつらも最初から独り占めするつもりだったとは思わなかったが……」
 ナオヤはポケットからテレビのリモコンのようなものを取り出した。
「もう必要ないな。まったく、二人とも面白いように騙されてくれたよ。立体映像とも知らずに」
 二人に先に行かせて、トラップを解かせる。あるいは囮として犠牲になってもらう。いずれの場合も、ごく自然な流れで二人と別れる必要がある。そこでナオヤが考えついたのが、架空の敵を作り出して、それを止める役を買って出ることだ。
 ナオヤはにやっと笑い、目の前の壁にそっと手を添えた。
 予想通り、鎖は伸びてこない。それどころか、さっきはタックルするくらいの勢いで押しても開かなかったのに、今回は軽く触れただけで、自動ドアのように両側のドアが内側にゆっくりと開いた。
「では、本物の宝を拝ませてもらうとしましょうか」
 ナオヤは、勝利をかみ締めるように一歩一歩慎重に、扉の奥へと歩を進めた。

七夕の夜に