「ここが噂の心霊スポット……」
 確かに、ただならぬ何かを感じる。
 僕は決して霊感が強い人間じゃないので、ここが有名な心霊スポットであるという先入観から、ついそういうものを感じている気になっているだけかもしれない。
 この道は登山道でありながら、登山客はまず通らない。この山を登る人は、みんな別のルートを通って頂上を目指す。
 この道を通る人は、僕のように肝試しよろしく、興味本位でやって来る物好きか、あるいは、自殺志願者だ。
 ここは、毎年自殺志願者が後を絶たない。
 そのおかげで、地縛霊がたくさんいるだの、死者の怨念が立ち込めているだの、そういう噂も後を絶たない。
 どうして僕がこんなところに来ているかというと、これが僕の仕事だからだ。
 世間で噂になっている怪奇現象を集めて記事を書くフリーライター、それが僕の肩書き。
 そして今回は、この心霊スポット――または自殺の名所として有名な、この山を訪れたというわけだ。
 しかし、こんな真夏にもかかわらず、さっきからどうも寒い。正確には寒い気がする。
 今は真夏だ。しかも今日は今年一番の暑さを記録したとかで、Tシャツ一枚でも汗を掻くくらいだというのに――今は長袖を着ていても寒い。
 やはり死者の怨念だとか、そういったものが、ここら一帯の気温を劇的に下げているのだろうか。
「よし……早いとこ写真を撮って帰ろう」
 心霊スポットの写真を撮り、現場の雰囲気や状況を記事にする。ぼろい仕事だ。
 いくら心霊スポットの写真を撮って帰ったところで、今まで霊的な何かが写っていたことなんて一度もない。それでも僕は、そこがいかにも霊的な何かを感じる場所であるかのように書く。誇大広告なんてものじゃない。詐欺にも近い。詐欺じゃない分、観光パンフレット作成の方が、数百倍もまともな仕事だ。やっていることは大差ないと言うのに。
 僕はカメラを取り出し、周辺の風景を写真に収め始めた。
 こうしている時、いつも心霊写真の一枚でも撮れないものか、そうでなくてもポルターガイストの一つでも起こらないかと思っているが、期待に応えてもらったことは皆無だ。
 写真に収められなくても、僕の身に軽くでいいから何か起こってくれれば、もう少し記事を書く姿勢も変わってくるのに。
 たぶん、今日もそうだろう。何にも起こるはずもない。心霊写真も撮れない。
 そう、思っていたんだけど――
「あの……」
「うわっ!」
 ビックリしてカメラを落としそうになった。
 これでも、このカメラはかなり高いんだ。それに僕の大事な商売道具だし、落とすなんてとんでもないことだ。何せ、今落としたらカメラは崖下のおそらく二度と救出できないであろう場所に行ってしまう。
 死者が多いからと言って、僕の大事なカメラをその一員に加えるわけにはいかない。
「えっと……何か?」
 内心、口から心臓が飛び出そうなくらいにビックリしているけど、僕は平静を装った。
「ああ、いえ、ここで何をしているのかなと思って……」
「僕が何をしているように見えますか?」
「おそらく、写真を撮っているのだと思われますが……」
 大正解だ。もっとも、僕はカメラを持っているのだから、こんなに分かりやすい問題もない。正解したからと言って、褒めるには全く値しない。
「そういうあなたは、なぜここに?」
 まさか、私は幽霊ですとか言わないだろうな。
「私は、全国の心霊スポットを回って、それを本にしているんですよ」
 ということは、同業者か。
「僕もそうなんですよ。心霊スポットや怪奇現象をを記事にしているんです」
「へぇ……そうなんですか。それは奇遇ですね」
 目の前の男性は少し表情を和らげた。向こうもきっと僕が人間じゃないかもしれないと思っていたのだろう。その不安が取り除かれたのだから、和らいだ表情になるのも頷ける。
 僕も少し安堵している。正直、こういう場所に一人で来るのは心細い。見ず知らずの他人とは言え、誰かがいてくれると、少しは気も強くなるというものだ。
「あの、いつもこういう場所には一人で来るんですか?」
 僕がそう訊くと、男は小さく頷いた。
「私のところは小さな出版社なので、こうして取材に来る時は、常に一人なんです」
「そうなんですか……」
「私、実は怖がりなものですから、こういう所に一人で来るのって抵抗があるんですよね。あなた達が羨ましいです」
「……え?」
 今、何て言った?
 あなた――達?
「やっぱりこういう所に取材に来るなら、誰か一緒に来て欲しいものですよね」

 そんなことを突然言われて、ビックリしないはずがない。
 結局、僕の大事なカメラは、二度と救出できない、黄泉の国に旅立ってしまった。