誰の目から見ても真面目で一生懸命で、何をするにもじっくりと検討を重ねた上で実行に移す。いつでもそんな行動が取れるなら、誰でも良い結果が出せる。
 残念ながら、そういうわけにはいかない。
 たとえそれができる人でも、どうしても努力が空回りしてしまって、思うように結果を残せない人も、世の中にはいるのだ。
 例えば、彼のように。
 彼は残念ながら、要領が悪かった。考えることは得意だが、良い案を出すことは苦手だった。そのため、頑張って頑張って思案を巡らせても、それが実を結ぶことが少ない。
 残酷な言い方をするなら、彼は仕事ができない人間だった。
 でも、会社はそんな彼を解雇することは決してなかった。それどころか役職まで与え、給料もそれなりと、会社は彼を優遇していた。
 もちろんそれは、彼が真面目で一生懸命で物凄く頑張って仕事に取り組んでいるのが分かるから、忍びないという思いで待遇を良くしているではない。
 彼の上司には分かっているのだ。
 彼には、自分が手を動かして成果を上げる能力には乏しくても、役職も給料も与えるだけの価値がある人間だと。むしろ、彼は役職に就かせる方が、価値が上がるのだと。
 彼と、彼の周りを観察していれば、それがよく分かる。
 例えば、あれ。
「えーっと、この書類は……確か……」
 彼が紙束を手に持ち、頭を掻いている。頑張って目の前の仕事に対処しようとしているが、どうすれば良いのか悩んでいる状況だ。
 すると彼の後ろを、彼の部下の一人が通りかかった。
「先輩、どうしたんですか? ……ああ、その種類でしたら、俺が処理しときますよ」
「え? でも」
「良いから良いから。今ちょうど手が空いてるんですよ」
 彼は申し訳なさそうに部下の申し出を断っていたが、結局、半ば無理矢理取り上げられる形で、部下に書類を渡した。
 こんな光景は、珍しくも何ともない。
 日に何度も目にすることができる。
「その仕事なら僕に振ってくれて良いですよ。タスクに余裕ありますし」
「それなら私に任せて下さい。今片付けている仕事のついでに、一緒にまとめてやっちゃいますので」
 まだ彼に役職がついていなかった頃は、上司から様々な仕事を振られては空回っていたが、こうして仕事を振る立場になってからは、自らが手を動かすことはほとんどなくなった。本人は真面目だから、自分も手を動かさなければと常々思っているのだが、今のように、いつも部下が彼から仕事を奪って行く。
 みんな、彼のことが放っておけないのだ。不憫に思う気持ちも少しは混じっているのだろうが、彼の部下はみんな、彼のことが好きで、彼の下で働くことが好きで、彼が自分の上司であることを好ましく思っている。
 だからみんな、彼に辞めてもらいたくないのだ。ずっと自分たちの上司でいてほしい。でも彼は、真面目で一生懸命であっても、それが良い方向に転がりにくい。だから彼に仕事をやらせたら、ミスが多くて辞めさせられてしまうかもしれない。それが分かっているから、みんな彼の分まで、彼の代わりに仕事をこなす。
 彼に真面目さや一生懸命さがなかったら、こんな風にはなっていないだろう。あんな人が自分たちの上司だなんて、と思われてしまうかもしれない。でもやはりと言うべきか、真面目でひた向きな人間は、周りから好かれやすいのだ。
 人望があるおかげで、彼の下には、有能で良い部下が集まっている。そのため、彼の部署の成績は抜群に良い。
 認めざるを得ない。
 あの部署の成績の良さは、有能な部下たちの功績でもあるが、何より彼が長の座に就いているおかげなのだと。
 誰の目から見ても真面目で一生懸命な人間は、仕事のできる人であることは多いかもしれない。ただし、例外はある。
 だがしかし、誰の目から見ても真面目で一生懸命な人間は、周りのみんなが自然と助けてくれる。例外はない。
 人の上に立つ人に求められるのは、単純に仕事ができることよりも、むしろそういう、人としての本質的なものなのだろう。そして人には、そういう本質的なところを何となくでも見抜くことができる力が備わっている。意識的に見抜くことはできなくても、無意識に感じ取ることができるようになっている。
 例外はあるにせよ、たいていの場合、要領が良かったり仕事ができる人の方が、出世コースには乗りやすい。でも人をまとめる立場に就いたら、自分が手を動かすことは自然と少なくなる。本来、役職が上がっていくほど、仕事ができるというスキルは、相対的に必要なくなっていくものなのだ。
 だから、必ずしも有能でなくても良い。多くの人が、その人を慕い、その人の下で働きたいと思う。そう思われるだけの何かを持っていれば、それで十分なのだ。
 例えば、彼のように。