彼女には、どんな病気でもたちどころに治す力があった。
 それだけ高い医療技術を持っているということではない。まるで超能力のように、人の手を優しく握るだけで、病気を治してしまうのだ。奇跡の力を持つ女性として、世界中で話題になっている。
 彼女のところには、ひっきりなしに難病の患者がやって来る。医者に見放された人や医者にかかることが出来ない人が後を絶たず、彼女は満足に休むことも許されない。しかし彼女は嫌な顔一つせず、どんな人がやって来ても、優しい笑顔で奇跡を起こし続けた。
 患者からすれば救世主以外の何者でもないように思うが、しかしこの奇跡は、何の代償もないわけではない。
 彼女が起こす奇跡は、単に病気を治すものではなく、実際には、彼女が自分の生命力を分け与えているのだ。つまり彼女は、治療を行えば行うほど、元気になっていく患者とは反対に、自身の体が弱っていく。
 この事実を知っているのは、彼女本人と、彼女の親友である私だけ。今まで病気を治してもらった患者も、これから治してもらおうと思っている患者も、誰も知らない。
 でも、知らなくて当然だ。私は元より、彼女自身もその事実に気づいたのは、本当につい最近のこと。先日、彼女が体の不調を訴えたので、過労が祟ったのかと思い、念の為に病院で診てもらったら、著しく体が衰弱していると医者に言われた。過労なんかでは絶対にこうはならない、恐らくは奇跡の力が原因なのだと。
 いくら奇跡が起こせるとは言っても、彼女も一人の人間だ。生命力には限界がある。
 今直ぐ入院して、自身の治療に専念させた方が良い。他人の治療はこれ以上行わず、静養して体力を回復させないと手遅れになる。私はそう判断し、力を使って治療を続けたいという彼女を説得して、しばらく力を使うことは禁止した。彼女の力を必要としている世界中の人たちにも、しばらくは治療が行えない旨を説明しようとした。
 しかし、そのとき――。
 どうしても治療してほしいという患者が、飛びこみでやって来た。自分の息子が心臓を患っているのだが、医者には匙を投げられてしまい、彼女の力に頼る以外、どうすることもできない状態なのだと。
 その母親にとって、息子がとても大切な存在だということは分かる。息子を助けられないのは、自分が死ぬより辛いことなのも、分かる。
 けれど、私にとっても彼女は、世界中の誰よりも大切な人なのだ。息子を助けたい気持ちは分かるけど、代わりに彼女が死ぬことは、私には耐えられない。
 だから私は心を鬼にして、息子を助けてほしいと訴えて来た母親に事情を話し、残念ながら治療を行うことはできないと告げた。母親にしてみれば、私の告白は、死刑宣告のようなものだったろう。しかしそれでも母親は、そういう事情なら仕方ないと、辛かったとは思うが、納得してくれた。
 だが、事態は急変した。
 息子の容体が急に悪化したのだ。私の知り合いの医者に診せたところ、もはや一刻の猶予もないとのことだった。今夜か明日にでも峠がやって来る。残念ながら、それをどうにかする方法はないと、死刑宣告に追い討ちがかけられた。
 母親は、息子を抱きかかえたまま、その場に泣き崩れた。申し訳ないと思いつつも、私にはその様子を黙って見下ろすことしかできなかった。
 でも、彼女は違った。
 母親の隣にしゃがみ、抱えられている息子の手をそっと取った。
 何をするのかはすぐに分かった。だから私は止めようとした。
 しかし彼女の力は、一瞬で相手の病気を治してしまう。私が止める間もなく、彼女は残り少ない生命力を、その小さな命に分け与えた。
 息子の手を握ったまま、彼女はゆっくりと倒れた。幸い息はあったものの、意識は完全に失っていた。

 あれからもう、十年以上が経っている。
 彼女の意識は未だに戻っていない。
 だがしかし、それも今日までだ。
 ようやく、この時を迎えることができた。
 彼女が倒れたあの日から、私は彼女の意識を取り戻す方法をずっと開発していた。
 私が着手したのは、彼女の奇跡の力の、科学的な解明だ。どうやって自分の生命力を他人に与えているのか、それが科学的に分かれば、人工的に彼女の力と同等のことができる装置が開発できるのではないかと考え、研究を続けて来た。
 その結果できあがったのが、今私の手の中にある、小さなカプセルだ。このカプセルには、他人から分けてもらった生命力が入っている。これを彼女に投入すれば、生命力が全快し、意識を取り戻すことだろう。
 このカプセルを開発したとき、私は世界中に訴えた。
 どうしても助けたい人がいる。だからみんなの生命力を、ほんの少しだけで良いから分けて欲しい。
 反応はすぐに返って来た。
 彼女の力によって命を救われ、現在も元気に生きている人は大勢いる。そんな彼らが、私の訴えを聞いたとたん、ぜひ命の恩人に恩返しをしたいと言ってくれ、快く生命力を提供してくれた。一人当たりからもらった生命力はごくわずかだから、それで彼らが体調を崩すことはない。
 彼女に助けられた以外の人たちも、本当に本当に多くの人が、あの人の為ならと申し出てくれて、あっという間に必要な量の生命力が集まった。むしろ必要な量を大幅に超えて集まったので、残りは別のカプセルに入れ、生命力を必要としている人に配った。
 今でも彼女の起こした奇跡は語り草になっている。それが私には嬉しかった。
 私は満を持して、カプセルを彼女に投入した。
 実際にカプセルを人に投入するのはこれが初となるが、大丈夫。開発は確実に成功したから、間違いなくこれで、彼女は目覚める。
 カプセルを投入してから、十五分ほど経った頃――。
「……おはよう」
 彼女の力は偉大だ。それは今も変わらない。この先もずっと、救世主と謳われ、尊敬と崇拝の対象となるだろう。
 でも、これからはもう、必要以上に生命を削らなくて良い。普通の女性として、人生を謳歌してくれれば良い。
 彼女の奇跡は今、誰もが起こせる力に変わったから。