スペードのA、ハートのA、ダイヤのA、ハートの10、ハートのJ。
 すでにAのスリーカードは成立している。チェンジ後の引き次第では、フォーカードやフルハウスまで伸びる可能性もある。
 しかし、ハートの10とJとAを残せば、ストレートフラッシュの可能性を追うこともできる。
 果たしてどちらが良いのか――。
 ここは、知る人ぞ知る地下カジノ。
 もちろん合法的な賭場ではない。ゲーム自体はルーレットやらカードゲームやら、一般のカジノの内容とそんなに変わらない。ここが非合法たる所以は、レートの高さにある。
 さすがに違法だけあって、賭ける金額は桁違いだ。負けて大金を失うリスクも大きいが、その分、一夜にして億万長者になれる可能性もゼロではない。一攫千金を夢見る賭博依存症の連中が夜な夜な集う、ここはそういう場所だ。
 高レートな為、資金が少ないとここでは勝負の場に立つことすらできない。だから大敗した後は、しばらくここには来られない。
 私が今日ここに来るのも、随分久しぶりだ。
 もう二十数年も前のことになるが、私はギャンブルで全てを失った。
 有り金を全て失くし、金融会社から金を借り、その借金をギャンブルで勝って返そうとした結果、更に負けは込み、最終的には一千万近くにふくらんだ借金を当時付き合っていた女に工面してもらった挙句、返せる当てがなかった私は、結婚の約束までしておきながら、黙って彼女の前から姿を消した。ギャンブルは身を滅ぼすという言葉を、身を以て体感した瞬間だった。
 あの時、きっぱりと足を洗えば良かったのだが、ギャンブルが身を滅ぼすと言われる真の理由は、依存性があるところだ。その証拠に、一度ギャンブルで全てを失ったにもかかわらず、私は再びこうして賭場に立っている。
「どうかしましたか?」
 ディーラーの声で私は我に返った。
「あ、いや……」
 このカジノのディーラーはイカサマなども日常茶飯事なので、それらを見破れる熟練したディーラーが多いのだが、彼女は随分と若い。二十代なのは間違いないだろう。ここのディーラーの平均年齢を一人で下げている。
 顔立ちが当時付き合っていたあいつに少し似ていなくもない。
「ちょっと昔のことを思い出していたんだ」
「昔のこと……ですか?」
 彼女が首を傾げた。
「一度、ギャンブルで一千万ほど借金を作ってしまったことがあってね。そんなことがありながらも、こうしてまた大金を手に入れて勝負に来ているんだから、困ったものだね」
「そうなんですか。私の父と一緒ですね」
 そう言って彼女は、クスッと笑った。
「君の父親も、ギャンブラーだったのかい?」
「話で聞いたことがあるだけなんですけどね。私が生まれる前に母の前からいなくなっちゃったみたいですから」
「ほう……?」
「父もギャンブルに負けて一千万ほど借金を作ってしまったみたいです。そのお金は母が何とかしたらしいんですけど、その直後に父は、私を身ごもった母を捨ててどこかに行ってしまったそうです」
「……そうか」
「すみません。いきなりこんな話をしてしまって」
「構わないよ。おかげでチェンジするカードを決めるだけの時間が得られた」
「では、何枚チェンジしますか?」
「二枚」
「かしこまりました」
 手札を二枚捨て、新たな手札が二枚加わる。
「私は、三枚チェンジします」
 そう言って、彼女は手札を三枚入れ替えた。
「どうしますか?」
「レイズ、九百万だ」
 アンティが百万円なので、これで掛け金は全部で一千万。今の私のほぼ全財産だ。
「九百万、コールです」
 一千万にコールしてきたか。なかなか良い手に仕上がったと思われる。
「では、カードオープン」
 彼女が先に手札を見せた。
 スペードの9、ダイヤの10、ダイヤのJ、クラブのQ、クラブのK。
「ストレートです」
「……私の負けだな」
 私も手札を表にしてテーブルに置いた。
 ダイヤのA、ハートの7、ハートの10、ハートのJ、クラブの6。
「Aのハイでよく九百万もレイズしましたね」
「ブラフも立派な戦術の一つだからね。まあ、失敗すると今のようになってしまうが」
 私は、かばんの中にある百万円の束を十個、テーブルの上に並べた。
「種がなくなってしまったから、今日はこれで帰るよ。このお金で、君のお母さんに何かプレゼントでもしてあげてくれ。それから――」
 私は軽くなったかばんを手に取って立ち上がった。
「――今まですまなかった、と」
「え? あの……?」
 何か言いたそうな彼女を無視して、私はカジノを後にした。
 冬の夜は寒い。
 私はコートの中に手を突っ込んだ。
「これで借りを返した……なんて言ったら、罰が当たるかな」
 罪のない真っ白な吐息が、夜空に浮かんでは消えていった。