横断歩道を渡る途中、赤信号を無視した大型トラックがこっちに向かって来るのが見えた。
 なるほど、これがそうなのか、と僕は思った。

 さかのぼること数時間前。僕は変な人にからまれた。
「あなたは幸福と不幸、どちらを望みますか?」
 道を歩いていたら、いきなりそんな質問をされた。
 変な宗教の勧誘とか、どうせその類だろうと思った。いつもならそんなのは平然と無視して歩き去るのだけど、今回はいろんな意味で暇があったから、そいつの話に少し付き合ってやることにした。
「望むとどうなるんだ?」
 僕は立ち止まって、その人と向かい合った。
「幸福を望めば、あなたの希望は全て叶います」
「じゃあ不幸を望んだら?」
「とてつもない災厄が、あなたに訪れるでしょう」
 災厄、ね。
「具体的にはどんな災厄が訪れるんだよ?」
「それは分かりません。本人が起こって欲しくないと思うような災いが身に降りかかる、としか、私には言えません」
 何に不幸を感じるかは人それぞれってことか。ものは言いようってやつだな。
「まあ、僕個人の意見はともかくとして、普通、そんな質問をされたら、誰だって幸福を望むって答えるんじゃないのか?」
 誰だって自ら不幸に飛び込みたくはないだろう。不幸同様、何に幸福を感じるのかだって人によって異なるが、自分が幸福を感じられるものを欲する気持ちは、誰にだってある。
「あなたは幸福と不幸、どちらを望みますか?」
 その人は同じ質問をしてきた。
「その、希望が叶うとか災厄が訪れるとか、それは具体的な話なのか? 精神論とかではなくて?」
「もちろん違いますよ」
 そう言って、その人は自分の服をガサゴソと漁り、ピンポン玉くらいの大きさの石を二つ取り出して、僕に見せた。
「どちらか一つを、あなたにあげます」
「幸運の石とか、そういうやつか?」
「そうですね……近い表現をするならそのようなものです。こっちの白い石は幸運を、こっちの黒い石は不幸を持ち主に与えます」
「へぇ……」
 持っているだけで幸運になれる石とかは、雑誌の裏表紙などで時々見かけることがある。まあ、あんなのが本当に効くとは微塵も思っていないが、しかし目の前にあるこの石は、それらとは少し違うようだ。
 幸運だけなら分かるが、黒い石の方は不幸を呼び寄せるらしい。
「タダでくれるのか?」
「ええ、差し上げます。ただし一つだけですが」
 高額でぼったくられるのかと思いきや、まさか一銭も払わなくて良いとは、どういう了見だろう。
 僕はその石にわずかながら興味を持った。
「持っているだけで良いのか?」
「はい。肌身離さず持っていれば、それだけで絶大な効力を発揮します」
 その言葉を全面的に信用する気はなかったが、タダならもらっても損はないと思った。
「では、もう一度聞きますよ」
 その人は、石を載せた掌を顔の高さまで上げて言った。
「あなたは幸福と不幸、どちらを望みますか? 幸福を望むなら白い石を、不幸を望むなら黒い石を、手に取って下さい」
「……分かった」
 僕は石を一つ掴んだ。

 あれから数時間しか経っていないのに、もう効果が現れるとは。この石の効き目は本物らしいな。
 数瞬後、僕の体を激しい衝撃が襲った。
 これは、ほぼ即死コースだ。救急車が現場に到着するまでもなく、僕は事切れるだろう。
 僕は大きく宙を舞い、地面に叩きつけられた。
 不思議と痛みはない。もう死ぬことが分かっているから、痛みを感じる神経を自らカットしたのかもしれない。
 早くも意識が朦朧としてくる。何とか目を開けると、周囲の状況はぼんやりとしか見えなかった。
 周りに人がいるのかも、よく分からない。
 不意に、僕の目の前に何かが落ちてきた。
 かすんでよく見えないけど、さっきもらった石だ。トラックにぶつかられた時にポケットから出てしまったんだろう。
 僕はギリギリ動かせる右手で、目の前にある石に触れた。
 その白い石が、僕の見た最期の映像だった。