なくなることのない胸の内

 誰も信じられないし、信じたいとも思わない。
 他人同士が仲良くしているところを見ると、無性に苛々する。
 どうしてあんな風に仲良くできるのか、全く理解できない。
 どんなに仲良くしていたって、いつかは必ず裏切られるというのに――。

 かつての自分がそうだった。
 あいつのことは、親友だと思っていた。唯一無二の親友。これから先も、ずっと親友だと、そう思っていた。
 でも、そんなものは幻想だった。ほんの些細なきっかけで、そんな幻想は崩れ去る。俺はそれを、身を以て体験した。
 それ以来、俺は友達を作るのを止めた。作ったところで、どうせまた裏切られる。裏切られるのが分かっているのに、わざわざ友達を作ろうなんてバカはいない。
 そんなことを思っていても、俺の過去を知らない奴が何人か、俺と友達になろうとして来た。もちろん、俺は自分から距離を遠ざけた。奴らの言葉なんて上辺だけ。そうやってちょっと距離を離せば、すぐに俺に声をかける気なんて失くす。
 予想通りに、俺に声をかけて来た奴はみんな、俺がちょっと愛想を悪くしていると、そのうち声をかけるのを止めた。俺のことを空気扱いするようになった。
 それで良い。接点を壊さない絶対の方法は、最初から接点を作らないことだ。物がなければ、壊れることもない。初めから友達なんていなければ、裏切られることはない。
 この先もずっと、俺はそうやって誰とも接点を持たず生きて行くのだろう。

 そう、思っていたのに。
 あろうことか、また俺に声を掛けて来る奴が現れた。
 当然ながら俺は、いつものように軽くあしらい、そいつを遠ざけた。そうすればいつも通り、声をかけて来るのを止めるだろうと思ってた。
 ところが、そいつはしつこかった。俺がどんなに避けようとも、全く意に介さず、毎日毎日話しかけて来た。
「良かったら、お昼一緒に食べません?」
「今日提出のレポート終わりました? 実は一ヶ所分からないところがあって、教えていただけると嬉しいのですが」
「近くに良い服屋さんがあるそうなんですが、ご一緒してもらえますか?」
 そんな感じで、俺がいくら断っても次の日になるとリセットされたかのように、また誘って来る。
 頭がおかしいのかと思った。あるいは、いつも一人でいる俺を哀れんで、情けをかけているのか。後者の方があり得そうにも思えたが、しかし何の義理があって俺にそんなことをするのか。全く分からない。

 ある日、俺はそいつから告白された。
「私と、お付き合いしていただけないでしょうか?」
 正直、何か裏があるに違いないと思った。だから断った。
「そうですか……なら、仕方ないですね」
 彼女がそう言った直後――
「よーっし! 賭けは俺の勝ちー!」
「マジかよー!」
「うわぁ、オーケーすんだろ、ふつー」
 不意にそんな声が聞こえ、壁の向こうからワラワラと、見覚えのある男女が十人くらい出て来た。
「お前、こいつにこんだけアプローチされてて、断っちゃうわけ? 信じらんねえ。付き合えよー。おかげで一万損したっつーの」
 そのうちの一人が、俺を見てそう言った。
 どうやら、俺が告白をオーケーするかどうかで、賭けていたらしい。
 やっぱり裏があったか。誰も近づけようとしない俺を見て、比較的落とせそうな奴を使って、俺を本当に落とせるかどうか試してみたってとこだろう。
 俺は黙ってその場を去った。賭けには興味がないから、誰が勝とうが負けようがどうでもいい。告白して来たあいつのことも、これで理由がはっきりしたわけだから、明日からはつきまとって来ることがなくなるだろう。
「戻った方が良いよ」
 正門を通り過ぎた辺りで、俺を呼び止める声があった。
 見ると、これまた見覚えのある顔の女子が、正門を過ぎたとこに突っ立っていた。
「今すぐ戻った方が良いよ」
「何でだ?」
「賭けていたってのは、嘘だから」
「……は?」
「あれはあいつらの芝居。雅ちゃんがフラれたら、そうやってごまかそうって、みんなで決めてたんだよ」
 雅ってのは、あいつの名前か。初めて聞いたような気がする。
「みんな、雅ちゃんが困るところや、悲しむところを見たくないのさ」
「それが何だよ」
「誰とも分け隔てなく接する雅ちゃんが、あんただけが仲間はずれになってるのを見てられないって、一生懸命声を掛けてあげてるのに、あんたはさ」
「別に俺の勝手だろ」
「そうやって頑張って声を掛けてるうちに、段々と気になり出しちゃって、しまいには好きになっちゃったんだって。だから告白するって聞いて、あたしたちは止めたよ。あんたなんかに雅ちゃんはもったいないって」
「俺もそう思う」
「でも、それでも告白するって言うから、じゃあせめて、みんなでサポートしてあげようってことになってね」
「その結果が、あの嘘芝居か? あいつら全員バカなのか?」
「バカはあんたさ。何かっこつけてんだか知らないけど、そうやって誰も信じないなんて生き方が、一生できるわけないじゃん。悲劇の主人公気取り? だっさ」
「うるせえよ」
「一生に一度のチャンスかもよ? 雅ちゃんみたいな良い子が、あんたを好きになってくれることなんて」
「それがどうしたよ」
「とにかく、戻ってあげなさいな。別に裏なんかないよ。あの子は、自分の正直な気持ちをあんたにぶつけただけ。だからあんたも、裏があるとか勘繰るのは止めて、自分の正直な気持ちを伝えなさい。それでも雅ちゃんと付き合えないって言うのなら、それは仕方ないよ。まあ、その時はみんなから袋叩きにあうかもしれないけどね〜」
 最後に冗談っぽく笑って、彼女はどこかに行ってしまった。
 自分の正直な気持ちって何だよ。俺が誰も信じないっていうのはただの仮面で、本音ではあいつ――雅のことを嫌いではないって、そう言いたいのか?
「バカバカしい。帰ろう」
 そう思ったのに、足が帰路に着こうとしない。
 今のあいつの言葉が、思った以上に効いているのか。
 ――今すぐ戻った方が良いよ。
「くそっ」
 嫌な想像をしちまった。
 俺は人と馴れ合うのが嫌なだけで、人を泣かせて喜びたいわけじゃない。
「……聞いてやるのは、一度だけだからな」
 俺の声に反応するように、夕陽を背にしたカラスが、かあ、と鳴いた。

 誰も信じられないし、信じたいとも思わない。
 他人同士が仲良くしているところを見ると、無性に苛々する。
 どうしてあんな風に仲良くできるのか、全く理解できない。
 どんなに仲良くしていたって、いつかは必ず裏切られるというのに――。
 少しだけ、その考えを改めてみても、損はないのかもしれない。
 そう思ったことに、不思議と嫌な感じはなかった。

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