植物と会話ができる装置が実用化されたというニュースを目にした。
 実際、杉の木と実験的に会話が行なわれたらしく、その会話の内容も一部報道された。他愛もない会話が植物ともできたということで、世界中で話題になった。
 そのニュースを見た時、俺は素直にすごいと思った。だがそれは、科学的とか学術的な意味で賞賛したわけではない。
 これは、間違いなく金になる。
 俺はもう十数年間、泥棒稼業で食いつないできた。中には数千万円という価値のある大物を盗んだこともある。だから盗みの腕にはそれなりの実績と自信がある。
 しかし、恐らくこれは、今までで一番の大物になるだろう。何せ世界中が注目するくらいの技術だ。数億はくだらない。間違いなく、一生遊んで暮らせるだけの金は手に入るだろう。この稼業から足を洗って、南の島でのんびり余生を過ごすことも可能だ。
 俺は、綿密に綿密を重ねて計画を練った。研究所自体はたいしたことない規模とは言え、これだけの成果を挙げたのだ。相当にガードは硬いに違いない。
 一ヶ月間、寝る間も惜しんで、俺は完璧な計画を立てた。あらゆる不測の事態をも想定し、どんなトラブルにも対応できるようにした。これが終われば、俺は億万長者だ。そう思うと、どれだけ労力を注ぎ込んでも、全く苦にならなかった。
 そして当日。
 俺は驚くほどあっさり、盗みに成功した。正直、あまりにも楽勝で拍子抜けしたほどだ。
 植物と会話ができる装置と、その設計書や今までの実験データ。更には、実際に行なわれた会話の記録など、一切合切を根こそぎ盗むことができた。
 これだけのお宝ともなれば、どこの研究機関も喉から手が出るほど欲しいに違いない。もしかしたら、数億どころか、更にゼロを一つ足せるかもしれない。
 そんな予感を抱きながら、俺は家に戻り、祝賀会代わりに一人で酒を飲んだ。これほど酒が美味い夜は初めてかもしれない。
 適度に酒が回り、良い感じにほろ酔いになった頃、俺は何となく、植物と実際に行なわれた会話の内容を見てみた。一体どんな会話が行なわれたのか、ふと興味が沸いたのだ。ニュースでも報道はされたが、一部始終を見てみたかった。
 会話記録を読み終わった時、俺の酔いはすっかり醒めていた。
 ニュースで報道された内容は、全くのでたらめだった。人間と同じように、植物も日光浴が好きだの何だのというほのぼのとした会話は、記録のどこにもなかった。
 植物は、とにかく嘆いていた。
 度重なる人間の手による環境破壊の影響で、みんな悲痛な悲鳴を上げている。このままでは、そう遠くない内に世界中の植物は死滅するだろうという、そんな叫びまであった。
 無性に腹が立った。
 どうしてこんなにイライラするのかは、自分でもよく分からない。自然を大切にしようという崇高な考えを持っているわけでもないのに。
 次の日、あの研究所に泥棒が入ったことがニュースになった。まるで国家レベルの危機だと言わんばかりに、テレビでも新聞でもネットでも、とにかくこの事件が話題になった。
 俺はすぐに分かった。
 おそらく、装置が盗まれたこと自体が大事なのではない。事実を隠蔽していることがバレるとまずいことを、研究所のやつらは恐れているのだ。もしかしたら、研究所よりもっと上の、それこそ国家規模の権力が働いているのかもしれない。
 俺が犯人だとバレることはないだろう。計画は完璧だったから、警察組織がどんなに優秀だろうと、足がつくことはない。それは確信をもって言える。
 だがしかし、俺は迷っていた。
 自首すべきかどうかを迷っていたのではなく、盗んだものをどこに売ろうか迷っていたわけでもない。手に入れたこの真実を、世間に公表すべきか、迷っていた。
 別に、正義感とかじゃない。ただ何となく、これは隠しておいて良いものではないと、俺の本能が告げていた。正義感ではないが、俺の中にわずかばかり残っていた人間らしさが、そんなことを思わせたのかもしれない。
 三日三晩悩んだ末に、俺は事実を世に出すことにした。
 生中継していた全国放送のテレビ番組に乗り込んで、洗いざらいぶちまけた。
「あれを盗んだのは俺だ。ここに証拠がある」
「奴らは事実を隠蔽していた。本当は、こんなアットホームな会話が行なわれたわけじゃなかったんだよ」
「植物は、今にも絶滅しそうな恐怖に怯えているんだ」
「ある意味、俺達にとっても恐怖なんじゃねえのか?」
 何を言ったか、正確なところは自分でもよく覚えていないが、だいたいそんなようなことを言った。
 当然ながら、俺はその場で逮捕された。
 窃盗は犯罪。そんなことは知っている。だからそれなりの刑罰を覚悟はしていたが、どういうわけか俺は、問答無用で極刑に処されることになった。
 一年近くを刑務所で過ごし、いよいよ死刑執行の日がやってきた。
「何か言い残すことはあるかな?」
「俺みてーな小物を殺す暇があんなら、もう少し環境保護活動でもしやがれ。犯罪者をいくら死刑にしたところで世の中は良くならねーが、自然を守れば、ちったぁ良い世の中になるぜ」
 柄にもないことを言ってしまったと、自分でも思った。だがそれは、俺の本音だった。
「今まで散々盗みを働いて来た男がよく言う」
「はっ、まったくだ。まあ、もし俺が生まれ変わったとして、あんたらがもちっと自然を大切にできてたら、そん時は盗みなんざ働かずに真っ当に生きてやるよ」
 その言葉が、誰かに響いたのかは分からない。それを確かめる前に、俺の意識は二度と戻らない場所へと旅立ってしまったから。

 彼の死後から十数年後。
「もはや毎年のこととなりましたが、彼の命日である今日は、至るところで彼の死を悼み、黙祷を捧げる姿が見られます」
 レポーターがそんなことを言う後ろで、多くの人間が頭を下げている様子が映っている。
「ねーねー、お母さん。どうしてみんな、頭を下げてるの?」
 少年はテレビを見ながら、隣に座る母親に訊ねた。
「今日はね、この世界に多くの自然を取り戻すきっかけを与えてくれたすごい人の亡くなった日なのよ。その人がいなかったら、私達も今頃こうして、緑に囲まれた中で過ごすこともできなかったんだから」
「どうしてその人は死んじゃったの?」
「人の大切なものを盗んで、捕まっちゃったのよ。だからそうね……良い人でもあったし、悪い人でもあったのね。あなたはそんなことをしちゃダメよ」
「そんなことしないよー。僕は真っ当に生きるもん」
「そう、偉いわね」
 頭を撫でられると、少年は母親に向かって微笑んだ。