「僕が天才だと思う人」
 僕はクラスのみんなにそう質問した。
 どうしてこんな質問をしたのかというと、主観的な視点で自分が天才かどうか、僕には判断がつかないからだ。主観的に判断できないのなら、客観的に評価してくれる存在、つまり他人の意見に頼るしかない。
 とは言え、いきなりこんな質問を真顔でされて、刹那の間も置かずに的確な反応を示せるやつはいないだろうとは思っていた。その予想通り、僕の視界に映っている人のほとんど全員が、念仏を唱えられた馬のように無反応だった。ただみんなの視線からは憐憫の情がまじまじと感じられる。
 しばらく待っても、挙手する人はいない。もちろん首肯もしない。ただ凍りついた場の空気が少しずつ融解していくだけだった。
 さて、客観的な意見に従うなら、これで僕は天才じゃないということが証明されてしまったわけだ――それも実にあっさりと。
 どうにもやるせない。

「で? 何だったわけ、あの質問?」
 そう言ってきたのは、クラスメートの友人だ。特別親しい間柄でもない。
「いきなり、僕が天才だと思う人、なんてさ。これかと思っちゃったよ」
 友人は、こめかみの横で指をくるくる回した。
「思考は正常だよ」
「だとしたら、なおさら意味が分からないよ、あの質問」
「うん……僕自身もよく分からない」
「だいたいさ、俺たちにそんなことを訊いてどうすんの? 仮にさっきの質問で、この場にいた全員が手を挙げたからって、それでお前が天才かどうかなんて分からないよ。方法を間違えてる」
「でも、自分で自分に訊いたって分からないんだから、周りの人に訊くしかないじゃん」
「天才って、何だ?」
「うん?」
「定義だよ、天才の定義」
「ていぎ……?」
 天才の定義か。何だろう。はっきり言って、想像も付かない。
「アインシュタイン、知ってるだろ?」
 もちろん知っている。
「あの人は天才だったと思うか?」
「そうなんじゃない? 相対性理論は、すごい理論だもん」
 少なくとも、今の僕の頭では、あんな理論は構築出来ない。
「アインシュタインの功績で真っ先に思い浮かぶのって、それだよな。でもあの人は、光量子論でノーベル賞を取ってるんだ」
 クラスメートの目つきが次第に真剣さを帯びていく。
「何で相対性理論がノーベル賞を取らなかったのか、理由はいくつかあるみたいだけど、当時相対性理論はあまりにもすごすぎて、周りの人が理解できなかったらしい。当然ノーベル賞委員会もね。つまり、すごすぎるあまり、周囲の支持を得られなかったんだ」
「……だから?」
 それが何だと言うのだろう。
「そういうのが、天才なんじゃないのかな?」
「周りの理解を得られないことが?」
 友人が頷く。
「天才は、凡人の数歩先を行く人種だからな。例えば、千年前にパソコンはなかった。しかし千年前にパソコンの仕組みを考えついていた人間がいたとしよう。この人がパソコンの仕組みを周りの人間に話したところで、当然理解されるはずもない。この人の頭脳が理解を得るのは数百年後に実際にパソコンが発明されたときだ。天才ってのは、喩えるならそういう人種なんだよ。周りが追いつくまでに相応の時間がかかっちまうから、本当の天才ってやつは死んでから理解されることの方が多いと思う。生きている間に周囲に自分が天才であることを認めさせることができる人ってのは、相当すごいと思うね。天才の中の天才だよ、そういう人たちは」
 僕は、どうして友人がこんな話をしているのか、いまいち理解できなかった。
「だから、さっきのお前の質問。自分が天才かどうか、それをここにいるみんなに確かめても意味ないんだよ。どっちにしても賛成派は現れないんだから」
「ああ、そうか……なるほど」
 つまり、僕が天才じゃない場合、みんなはそれを分かっているからさっきの質問に対し、手を挙げない。でも、仮に僕が天才だったとしても、周りは僕が天才であることを理解するだけの力がないから、結局はみんな手を挙げない。
「それに、これはあくまでも俺の考えだけど――」
 そう言って、友人は軽く咳払いした。
「――天才って人種は、自分が天才であることをちゃんと理解している。でも、それを決して口に出して言うことはない。だからお前には悪いけど、自分が天才かどうか分からない奴は、まず天才じゃないと思っていい」
「じゃあ、本当の天才の人にあなたは天才ですかって訊いたら、ノーって答える?」
「それは実際に訊いてみないと分からないね。ただ、彼らは無意識に自分が天才であることを理解してるのさ。だからいちいち言ったりしないんだよ。自分の才能がどうすれば発揮されるのか、それを本能的に分かってるんだな。一%の才能を最大限に活かすための九十九%の努力のやり方ってやつを……な」
 なるほど。しかしこのクラスメートは、随分と天才について理解しているな。
「もしかして、君は天才なのか?」
 僕の質問に、まさか、と友人が鼻で笑った。
「今言ったのは、俺なりの天才に対する考えってだけで、正解かどうかは分からないし、たぶん正解じゃない可能性の方が高い。俺は天才じゃないからな」
 まあ、こいつが天才かどうかはともかくとして、僕自身が天才じゃないってことは骨身に沁みてよく分かった。
 ただ、このクラスメートのおかげで一つ賢くなったことも、事実だと思う。今の僕は天才じゃないけど、もしかしたら一歩だけ、近づけたかもしれない。
 千里の道も一歩から。生きているうちに千里を歩き終えることは、果たして可能だろうか?