「あのぉ……ちょっと訊きたいことがあるんですけど」
 少年は、恐る恐る隣にいる男性にそう問いかけた。
「今、話しかけても大丈夫ですかね?」
「ええ、大丈夫ですよ」
 男性はそう言った。それを聞いた少年がほっと安堵の溜め息を吐く。
「じゃあ、えっと、道を訊きたいんですけど、市役所って、ここからどっちの方角になるんでしょうか?」
「実は今向かってるんですよ」
「あ、そうなんですか?」
 嬉しい偶然に、少年は笑顔を浮かべた。
「じゃあ、ついてっても良いでしょうか? 場所がよく分からなくて……」
「ええ、問題ありません。すぐ着きますから」
「そうですか。ありがとうございます」
 親切な人もいるものだ、と少年は思った。
 都会のことを悪く言うつもりはないが、こっちで暮らすようになってからは、隣人の冷たさというものを少年はよく感じている。話しかけても無視されたり、道を訊いても答えが適当だったり。
 前に住んでいたところでは、そんなことはめったになかった。みんな優しく接してくれる。時には目的地まで手を引いてくれる人までいた。
 ある程度、都会はそういうところだと割り切ることはできるようになったものの、こちらに来てからはそのぞんざいなあしらわれ方が多かったせいで、他人に話しかけることに対して臆病になっている部分もある。今だって、隣の人に話しかけるのにはだいぶ勇気を出した方だ。
 今回は、勇気を出して正解だった。親切な人に巡り会えた。
「じゃ、じゃああの……厚かましいお願いなんですけど、迷惑にならないようについていくので、方向だけ指示してもらえないでしょうか?」
「もう見えてるんですよ。本当にすぐそこです。ここを真っ直ぐ二百メートルほど歩けば着くって感じです」
「そうだったんですか。じゃあここまでは合ってたんですね。ここを真っ直ぐか……」
 少年は、前方に顔を向けた。
 自分の判断が間違っていなければ、目の前は横断歩道だ。つまりここを渡ってすぐのところに市役所はある。
「来ないんですか?」
 男性の声が聞こえた。
 来ないのか、ということは、つまり信号はもう青に変わっているというわけだ。
「あ、行きます行きます」
 少年は歩き出した。
 さすがに手を引いてもらうところまでお願いするのは図々しい。本当はそちらの方がより安全なのだが、そこまで迷惑はかけられない。
 少年は黙って歩いた。

「そうですか……そういう事情じゃ来れないのは仕方ないですね。じゃあ今夜にでも、自宅の方に窺うことにしますよ。はい……では、失礼します」
 男性は電話を切ってポケットにしまった。
 視界を前方に戻す。
「……え!?」
 赤信号だというのに、一人の少年が横断歩道を渡ろうとしている。白状をついて歩いていることから察するに、恐らく彼は目が見えない。
 電話の方にばかり集中していて、周囲を全く見ていなかった。
「危ない!!」
 男性の叫びが少年の耳に届いたかは、誰にも分からなかった。