その日、僕は、生まれて初めて殺しというものを体験した。
 一言で感想を言うなら、こんなものか、だった。
 もののはずみ、というやつだろうか。
 正直、殺すつもりは毛頭なかった。
 別にほっといても気にならない存在だったから。
 ただ、その日の僕は、いつもより気が立っていた。
 学校で嫌なことがあったとか、親に怒られたとか、理由はそんな程度のものだけど、腹が立っていたことだけは事実だ。
 そのためか、いつもなら気にならないはずのあいつの存在が、妙に気になった。
 いつもなら煩く感じない音も、妙に煩く感じた。
 だから、黙らせた。
 それだけのことだ。
 殺した時、床に血の跡が残った。それがとても不快で、そのことが余計に僕をイライラさせた。
 殺しなんて、ろくなものじゃないと思った。
 それを行なうことで、僕にとってのメリットは少ない。
 周りが静かになった、それだけだ。
 静かになった程度では、僕の不快指数はたいして減少しない。血の跡が床に残ったことで上昇した分の方がよっぽど大きい。
 殺しの後に残ったものは、血の跡と、より一層の不快感。
 もちろん血の跡はすぐに拭き取ったけど、それでもそこにはまだ何かが残っている気がして、僕は不快感を拭い去ることができなかった。
 もう、二度と、殺しはしない。
 そう誓った。
 しかし、また今日みたいにイライラしている時があったら、もののはずみで殺してしまうかもしれない。
 そうならないためには、あれが必要だ。
 僕はサンダルを履いて、外に飛び出した。
 向かう先は、近所の雑貨屋。
 この時間なら、ギリギリまだ開いているはずだ。
 僕は颯爽と雑貨屋に入り、顔見知りでもある店主のおじさんに向かって叫んだ。
「おっちゃん! 蚊取り線香一つ!」