親が誰か分からない比喩として、木の股から生まれたってのがある。
私はあの慣用句がどうしても好きになれない。
私のように、本当に木の股から生まれた者だって、現実にはいるのだ。
まあ、私以外に同じ境遇の者がいるとは、私も思っていないけれど。