「そっち持って」
「手が痛い……」
「いいから早く持て。いつまで経っても終わらないぜ」
「絶対に後で飯おごってもらうからな」
「何でもおごってやるよ。だから頑張ってくれな」
「何でもか…その言葉、忘れんなよ」
 会話の内容から少しは状況を察することができると思うけど、僕たちが今何をしているのかと言うと、本がぎっしり詰まったダンボールを二人で持ち上げようとしているところだ。一人ではとても持ち上がらないので、二人でトラックまで運ぼうとしているのである。
 目の前にいる相方が一人暮らしを始めるので、その引っ越しを手伝っているところだ。業者に頼んでも良かったとは思うけど、トラック一台で運べるほどの荷物しかないので、荷物運びとして僕が手伝いに来ている。
 あまり力仕事は得意じゃないんだけど、何でもおごってくれると言うのだから、辛いけど何とか頑張ろう。
「よし、それじゃ一気に運ぶぞ。大丈夫か?」
 相方の問いに、僕は頷いた。
「階段だけちょっと手ごわいけど、何とか」
「階段は俺が先に下りる。そっちの方がお前も楽だろ」
 果たして何冊の本がこの中に入っているのか。重さから判断しても、相当量の本が入っているのは間違いない。
 この部屋の主、つまり相方は結構な読書家で、壁一面の本棚にはぎっしりと本が詰まっていたし、本棚に入りきらなくて床に無造作に詰まれた本もたくさんあった。ぶっちゃけ、トラックに載せた荷物の大半は本だ。
「六往復目ともなると、さすがにちょっと……」
「止まるな。余計に辛くなるだけだ」
「だけどさ……」
 さすがに連続で重いものを運ぶと、足腰にかなりのダメージがある。明日は筋肉痛だ。
「サクサク運ぶ方が、こういうときは疲れないんだぞ? ほら、さっさと進む!」
「無茶言うなって」
 気持ちは分かるけど、世の中理屈で割り切れないことだって多いんだ。今の僕にとってその言葉は、某ブートキャンプを一通りこなしてヘトヘトになっているところに「ワンモアセッ!」って言われるのと同じ。
「手伝ってもらっといてこんなこと言うのもなんだが、お前ほんとに体力ないなあ……」
「当たり前だろ。僕は根っからの文化系体質なんだ。お前ほどの体力なんてあるわけない」
「威張って言うなよ」
 まあ、これを運び終えれば、あとは服とか小物とか、重くないものが残っているだけなので、山場は越えたことになる。
 もう一踏ん張り、行ってみよう。手もぷるぷるしてきたし、辛いのは事実だが、早いとこ運び終えて楽になりたい。
 気合を入れ直して階段を下り、一気にトラックまでダンボールを運ぶ。せーのでダンボールを肩の上まで持ち上げ、荷台に置いた。
「よし……これで重いのは片付いた」
「助かったよ」
「よく考えたら、向こうに行ってからまたこれを運ばなきゃいけないんだよな……」
 山場を越えたと言ってもそれは前半の山場を越えただけであって、引っ越し先の家に運び入れる後半戦が控えていることを、忘れてはならない。
「なあに、心配すんな。引っ越すのは一階だから、こっちほど辛くはない」
「一階なんだ? それは知らなかった。てっきり二階かと……」
 二階建てのアパートに引っ越すと聞いていたから、勝手にそう思っていた。でも確かに一階なら、階段がない分、楽だと思う。重いものを運ぶときに一番辛いのは、階段の昇降だから。
「というわけで、もうちょい頼むぜ。残りも運んじまおう」
「うん」
 僕は勢い良く頷いたが、すぐに、しまった、と思った。
 重いものを運び続けたせいで体力が大幅に削られ、きっと頭の回転が鈍っていたんだろう。僕がこいつにしりとりで負けるなんて、珍しい。
 しかし相方は何の反応も示さなかった。きっと面倒なんだろう。僕もいちいち負けを宣言するのが面倒だったので、何事もなかったように残りの荷物を取りに戻った。