「どちらを選びますか?」
「う、うーん……」
 一体どっちを選ぶのが良いのだろうか。
 どちらを選んでも良いような気がするし、どちらを選んでもいずれは後悔しそうな気もする。
 正直、この話が本当かどうかもかなり怪しいものではあるのだが。
「あ、その目は疑ってますね?」
「だって……」
 疑うなと言う方が無理な話だろう。
 どちらも非現実的すぎるのに、望めばどちらか一方だけは必ず手に入ると言うのだから。一般的な思考を持っている人は、そんなことが可能なはずがない、と思うのが普通であり、そして僕は、自信を持って一般的な思考を持っていると断言できる。
「自分の常識にないものだからって、そうやって疑うのは、良くないですよ」
「そうは言ってもねぇ……」
「あなたの常識は、そんなに優れたものなのですか? 世界の常識を全て内包している、つまりあなたに取って非常識なものは、間違いないく起こり得ないものだと」
「い、いや……そんなことは言わないけど」
 僕はどこにでもいるような普通の人間だから、常識の範囲も常識的に考えられる広さしか持ち合わせていない。
「あなたは、将来の夢などはあるのですか?」
「……突然何?」
「もし将来達成したい目標や夢などがおありなら、常識に囚われないで、私の言うことを信じてみませんか?」
 無茶苦茶な理屈だ。
 夢と言うよりも、将来やりたいことと言うのが正しいが、確かにそれはある。
 僕は旅行が好きで、将来お金が貯まったら時間をかけて世界中を旅したいと思っている。
 訪れたい土地の候補はいくつもある。世界遺産だっていっぱい見て回りたいし、食べてみたい民族料理なんかも数え上げたらキリがない。
「どちらかが手に入れば、あなたの夢は叶えやすくなるでしょうか?」
 シンプルに考えれば、どちらを選んでも、僕は自分のやりたいことを達成しやすくなる。
 何せ、旅費がいらなくなる。どちらの場合でも、飛行機代をかけずに世界中を回れる。そうなれば、旅費が貯まるのを待つ必要なんてない。
 しかし、どちらを選んでもデメリットがあるのもまた事実だ。そしてこのデメリットは、あまり歓迎したいことでもない。
 一方は、主に精神的なデメリットが、もう一方は、主に体力的なデメリットがありそうだ。他人と一切のコミュニケーションが取れなくなれば、きっと精神へのダメージはでかい。発狂するかもしれない。だからと言って、体力的なデメリットが大きいのもよろしくない。途中で体力が尽きてしまったら、目的地に辿り着けないのだから。
「さあ、そろそろ時間ですよ」
 天使みたいな格好に天使みたいな笑顔を浮かべた目の前の女性――自分のことを天使だと言い張っているが、本当かどうかは分からない――が、にっこりとほほえんで、両手を前に出してきた。
「透明人間になりたいなら私の右手を、空を飛べる人間になりたいなら私の左手を、握ってください」
「……分かった」
 信じる信じないは、この際置いておこう。
 手を握って、たとえ何も起こらなくても、それはそれで良し。自分のことを天使だとか言ってる変な人に騙されちゃった、で済む程度の問題だ。
 僕は大きく深呼吸をして、自称天使に向かってゆっくりと自分の手を伸ばした――。