報い
「いい? 幸と不幸っていうのはね、必ずどこかで釣り合いを取るものなの。辛いことがあっても、そこで諦めないで頑張れば、必ずその後には幸福が待っている。だから、簡単に諦めちゃダメよ? 幸福に溺れすぎるのもダメ。いつかしっぺ返しが来ちゃうわ。だから、あなたにたくさんの幸福が訪れたなら、周りの人にも分けてあげなさい。独り占めしようなんて考えないこと。いいわね?」
小さい頃によく言われたセリフだ。事あるごとに、母親は俺にそう言った。
たぶん、俺に真面目に勉強して、真面目に仕事をして、辛くても努力すれば、いつか成功を掴めるとか、そんなことを言いたかったんだろうと思う。世のため人のために生きろと、そういうことなんだと思う。
でも、俺はその言いつけは守らなかった。
むしろ、そんな言葉はすっかり忘れてしまっていた。
中学の時、勉強というのが実につまらないものだと気付いた。
だから俺は、一切勉強をすることを止めた。
中学高校と好きなだけ遊んで、何も考えずに適当な会社に就職した。
もっとも、学の無い俺は、仕事もろくにできやしない。それに面倒なことはすぐに投げ出すくせがついていたから、就職しても長続きせず、俺は適当な職を転々とした。
ある日、俺は仕事をしなくても金が入ることに気付いた。
金は、持っている奴から奪えば良い。
それが分かってから、俺は一切仕事をせず、奪った金を使って、欲しい時に欲しい物を好きなだけ買い、食べたい物を好きなだけ食べ、抱きたい時に好きなだけ女を抱いた。
その内に、わざわざ金を奪って物を買わなくても、欲しい物は直接奪えば良いということに気付き、俺はその日から金は一切持たなくなった。
それでも、毎日が楽しかった。
一銭も持たずとも、豪遊三昧に贅沢三昧。そして、悪行三昧。何不自由ない暮らし。
真面目に勉強をしたり仕事をしている奴らがとても馬鹿馬鹿しく見えた。
職に就かなくたってこんなにも楽しい生活があるってのに、どうして大半の奴らは真面目に仕事をして金を稼いでいるのか、その理由が俺には全く分からなかった。
何も考えずにやりたいことだけを楽しんでいた毎日だったが、そんな俺でも年には勝てず、俺は死を待つだけの寝たきり老人になった。
何も考えずに物品を奪っていたことが功を奏したのか、寝たきりで動けなくなっても、物には困らなかった。食料も自然と蓄えができていた。
人間は、どうやら自分の死期というものが分かるらしく、ある日俺も、ああ、俺はこのまま寝たらもう目を覚まさないんだろうなと思った。
その時に俺は、何十年ぶりになるだろうか、亡き母の言葉を思い出した。もしかしたら、走馬灯というやつだったのかもしれない。
――幸と不幸っていうのはね、必ずどこかで釣り合いを取るものなの。
そう、母は確かそんなことを言っていた。
俺は、子供の時から今に至るまで、やりたいことを好きなだけやってきた。他人の不幸など何も考えずに、欲しい物は好きなだけ奪った。俺から物を奪われた奴は不幸だったのかもしれないが、俺は今まで自分を不幸だと思ったことは一度も無い。
実に幸福な人生だった。
真面目に勉強せずとも、真面目に働かざるとも、幸福な人生は歩める。
そして、幸と不幸は釣り合いを取ろうとなんてしない。現に俺は、今まで一度も不幸な目に遭っていないじゃないか。もう死のうとしているのに。
しかし、その時に俺は気づいた。
ああそうか。幸と不幸の帳尻は、これから来るんだな、と。
俺はきっと、死んだら地獄に堕ちるんだな、と。
悪いことばっかりしていると地獄に堕ちるって、きっとこういうことなんだな――と。
小さい頃によく言われたセリフだ。事あるごとに、母親は俺にそう言った。
たぶん、俺に真面目に勉強して、真面目に仕事をして、辛くても努力すれば、いつか成功を掴めるとか、そんなことを言いたかったんだろうと思う。世のため人のために生きろと、そういうことなんだと思う。
でも、俺はその言いつけは守らなかった。
むしろ、そんな言葉はすっかり忘れてしまっていた。
中学の時、勉強というのが実につまらないものだと気付いた。
だから俺は、一切勉強をすることを止めた。
中学高校と好きなだけ遊んで、何も考えずに適当な会社に就職した。
もっとも、学の無い俺は、仕事もろくにできやしない。それに面倒なことはすぐに投げ出すくせがついていたから、就職しても長続きせず、俺は適当な職を転々とした。
ある日、俺は仕事をしなくても金が入ることに気付いた。
金は、持っている奴から奪えば良い。
それが分かってから、俺は一切仕事をせず、奪った金を使って、欲しい時に欲しい物を好きなだけ買い、食べたい物を好きなだけ食べ、抱きたい時に好きなだけ女を抱いた。
その内に、わざわざ金を奪って物を買わなくても、欲しい物は直接奪えば良いということに気付き、俺はその日から金は一切持たなくなった。
それでも、毎日が楽しかった。
一銭も持たずとも、豪遊三昧に贅沢三昧。そして、悪行三昧。何不自由ない暮らし。
真面目に勉強をしたり仕事をしている奴らがとても馬鹿馬鹿しく見えた。
職に就かなくたってこんなにも楽しい生活があるってのに、どうして大半の奴らは真面目に仕事をして金を稼いでいるのか、その理由が俺には全く分からなかった。
何も考えずにやりたいことだけを楽しんでいた毎日だったが、そんな俺でも年には勝てず、俺は死を待つだけの寝たきり老人になった。
何も考えずに物品を奪っていたことが功を奏したのか、寝たきりで動けなくなっても、物には困らなかった。食料も自然と蓄えができていた。
人間は、どうやら自分の死期というものが分かるらしく、ある日俺も、ああ、俺はこのまま寝たらもう目を覚まさないんだろうなと思った。
その時に俺は、何十年ぶりになるだろうか、亡き母の言葉を思い出した。もしかしたら、走馬灯というやつだったのかもしれない。
――幸と不幸っていうのはね、必ずどこかで釣り合いを取るものなの。
そう、母は確かそんなことを言っていた。
俺は、子供の時から今に至るまで、やりたいことを好きなだけやってきた。他人の不幸など何も考えずに、欲しい物は好きなだけ奪った。俺から物を奪われた奴は不幸だったのかもしれないが、俺は今まで自分を不幸だと思ったことは一度も無い。
実に幸福な人生だった。
真面目に勉強せずとも、真面目に働かざるとも、幸福な人生は歩める。
そして、幸と不幸は釣り合いを取ろうとなんてしない。現に俺は、今まで一度も不幸な目に遭っていないじゃないか。もう死のうとしているのに。
しかし、その時に俺は気づいた。
ああそうか。幸と不幸の帳尻は、これから来るんだな、と。
俺はきっと、死んだら地獄に堕ちるんだな、と。
悪いことばっかりしていると地獄に堕ちるって、きっとこういうことなんだな――と。