彼女が寝たきりになってから、もう何ヶ月経っただろうか。
 彼女はとても難しい病気にかかっていて、残念ながらもう長くない。それは僕も、彼女自身も知っている。
 決して治せない病気ではないらしいのだけど、治せる確率は限りなくゼロに近いらしい。流れ星に願うよりは若干マシ、という程度だ。
 入院していれば、少しは長く生きられるそうだ。もちろん、自由に外に出ることはできない。檻に閉じ込められる時間がその分長くなるだけ。だから彼女は、入院を選ばなかった。
 残りの時間を、僕たちは一緒に過ごすことに決めた。人が少なく自然の多いところに移り住んで、小さな幸せを抱えて生きることにした。
 最初の頃は、彼女もまだ自分の足で歩くことができた。だから一緒に家の周りを散策して、一緒に花を摘んだり、彼女の作ったサンドイッチを一緒に食べたり、そんな緩やかな時間を過ごした。
 彼女の体が病魔に蝕まれるにつれ、満足に歩くことができなくなり、とうとう、自分の力でベッドから出られない状態にまでなった。
 彼女が外に出られなくなってから僕は、まだ一緒に花摘みができた頃に彼女が必ず摘んでいた花を家に持ち帰り、花瓶に活けるようにした。毎日ではないけれど、週に一回か、十日に一回。だいたいそれくらいの周期で枯れてしまうから、枯れるたびに新しい花を摘んで来て、花瓶に活けていた。
 僕はこの花の名前がどうしても覚えられなかった。たいして難しい名前ではないし、決して長い名前でもないのだけれど、何度聞いてもなぜか覚えることができなくて、毎回彼女にその名前を言われるたびに、ああそうだった、と思い出す。
 彼女はその花がとても気に入っている。一日の大半は、その花を眺めて過ごしている。僕と話をしているときも、彼女はしょっちゅうその花を見ている。僕も奇麗な花だと思う。でも相変わらず名前は覚えられない。
 そんな毎日が、やっぱり幸せだった。
 ある晴れた日、花がいつもの周期を迎えてしまったので、僕は外に花を摘みに出かけた。花のことはよく分からないけど、花の寿命ってだいたいこんなものなのだろうか。それとも僕の世話の仕方が悪いのだろうか。
 いつもの場所に行き、いつもと同じ数だけ花を摘む。自然の多い場所を住処に選んだのは、正解だったように思う。こんなに簡単に奇麗な花が手に入るのだから。
 家に帰り、花瓶の水を取り換えて、摘んで来た花を活ける。
「この花の名前、何だっけ?」
 いつものように、僕は彼女に花の名前を訊ねた。彼女は目を閉じてじっとしたまま、何も答えなかった。
 どうやら僕にはもう、この花の名前を思い出すことはできないらしい。