未来からのプレゼント

 もうすぐクリスマスだ。
 今年は、サンタさんは僕にどんなプレゼントをくれるだろう。
 みんなは、サンタクロースの正体はお父さんなんだと言っている。
 でも僕は信じない。サンタさんは絶対にいる。
 だって、今までどんな欲しい物でも、必ずクリスマスの次の朝には、僕の枕元に置いてあったから――。
 僕は、クリスマスにどんな物が欲しいかをお父さんに言ったことは無い。それなのに僕の望む物がプレゼントとして貰えるということは、お父さんではない誰か、つまりサンタさんが僕の願いを聞き届けてくれているからに違いない。
 こんなことを言うと、友達はみんな僕を馬鹿にする。
 自分でも気付かないうちに欲しい物を親に話してるんだとか、お前の欲しい物くらい言わなくても親はちゃんと分かってるんだとか、そんなことばかり言う。
 確かにそうなのかもしれない。そうなのかもしれないけど、それでも僕は、サンタさんの存在を信じたい。
 だから今年は、お父さんには絶対用意できないものをプレゼントとしてお願いすることにした。
 タイムマシン――。
 タイムマシンなんて、現代の科学では造れないと聞いたことがある。僕はまだ子供だから、難しいことは分からないけれど、でもお父さんに用意できない物はあっても、サンタさんに用意できないものなんて無いはずだ。
 サンタさんは飛べるはずのないトナカイにソリを引っ張ってもらって大空を飛び回る。トナカイだってソリだって、現代の科学では飛ぶことなんてあり得ないはずなんだ。でも飛べるということは、サンタさんは現代の科学で造れないものだって、きっと用意してくれる。タイムマシンだってきっと――。
 タイムマシンを手に入れたら、まずは何処へ行こうか。
 未来がいいかな。それとも過去がいいかな。
 恐竜のいた時代に行くのもいいな。本物の恐竜が見られるなんて夢のようだ。
 襲われないようにしなきゃ。カメラも持って行った方がいいかな。こっそりお父さんのカメラを借りて、恐竜の写真を撮るんだ。その写真をみんなに見せれば、みんなだって僕がサンタさんからタイムマシンをもらったってことを信じるさ。
 タイムマシンなんて、サンタさんくらいにしか用意できないものだろうし、きっとみんなもサンタさんの存在を信じるはずだ。何なら、みんなをタイムマシンに乗せてあげてもいい。
 ああ、早くクリスマスにならないかなぁ。

 クリスマスの夜。
 僕はなかなか眠ることができなかった。
 今までと違って、今年の僕の欲しい物はタイムマシンだ。そんな凄い物がもらえるかもしれないなんて思うと、ドキドキして眠れない。
 でも早く寝なきゃ。寝ないとサンタさんはプレゼントを持って来てくれない。
 どうして寝てる間にプレゼントを持って来るのか疑問に思ったことがある。でもそれはきっと、空飛ぶトナカイを見られるとまずいからだと思う。
 見られてはいけないものなんだ。
 誰かに見つかったら、変なことに利用されちゃうかもしれない。科学の進歩のため、とか訳の分からない理由で、悪い人に捕まっちゃうかもしれない。外国で密かに宇宙人を捕まえて調べている所があると聞いたことがあるけど、きっとサンタさんも見つかったらそういう所に連れて行かれちゃうんだ。
 だから、人に見られちゃいけない。
 僕も早く寝なきゃ。僕は捕まえたりなんてしないけど、サンタさんを見たとしたら、絶対に誰かに言っちゃうと思う。サンタさんもそれが分かってるから、絶対に僕が起きている間は来てくれないに違いない。
 ああでも、寝なきゃと思えば思うほど、目が冴えてくる。
 どうしよう。このままじゃプレゼントはもらえない。タイムマシンがもらえない。
 そうだ、羊を数えよう。こういうときは羊を数えるといいと聞いたことがある。
 羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、羊が――。
 二百くらいまで数えただろうか。
 ようやく眠くなってきたその時だった。
 部屋の中が物すごく光った。
 あまりの眩しさに目が開けられない。でも、せっかく羊を数え始めたのに、眠気は完全に覚めてしまった。
 一体何だろう。
 まさかとは思うけど、まだ寝ていないのに、サンタさんが来てくれたんだろうか。
 空を飛んでるところを見られないために、最初から部屋の中に現れるようにしたんだろうか。
 サンタさんのことだ。魔法の一つや二つ、使えたって不思議じゃない。
 一晩で、たくさんの家にプレゼントを配らないといけないんだ。魔法くらい使えるさ。
 光が止んだ頃、僕はうっすらと目を開けた。
 そこには、一人の人が立っていた。
「やあ」
 僕と目が合うなり、その人はそう言った。

 暗くて顔ははっきりと見えないけれど、白い縁取りのある赤いコートに、大きな赤い帽子。そして、長くて白い髭。
 間違いない。サンタさんだ。
 トナカイがどこにもいないけど、きっと外で待ってるんだ。
「こら、子供がこんな遅くまで起きてちゃ駄目だぞ」
 いきなりサンタさんに怒られてしまった。
 まずい。確かサンタさんは良い子にしかプレゼントをくれないんだ。僕みたいな夜更かししている悪い子には、プレゼントはくれないかもしれない。
「ご、ごめんなさい! すぐに寝ます」
「ははは、いやいや、別に怒っているわけじゃないよ。それに、どうやら今の君は目がバッチリ覚めているみたいだからね。きっと布団に入ったって、すぐには眠れないだろう」
 サンタさんの言う通り、今の僕は完全に眠気が吹き飛んでいる。
「で、でも、ちゃんと寝ないと、プレゼントもらえないんですよね……?」
「う~ん、そうだなぁ……」
 ちょっと困ったように、サンタさんが自分の髭を触った。フサフサしていて、触り心地が良さそうだ。僕もちょっと触ってみたい。
「君は今、この髭に触りたいって思ったね?」
「え? どうして分かったんですか?」
「はっはっは、それはね……私がサンタクロースだからだ」
 どうやらサンタさんは、魔法の他にテレパシーも使えるみたいだ。
 やっぱりサンタさんはすごい。
 テレパシーが使えるということは、当然――
「サンタさんは、僕の欲しい物が何だか、知ってるんですよね?」
「もちろんだとも」
 サンタさんは大きく頷いた。
「君は、タイムマシンが欲しいんだろう?」
「そ、そうですそうです! やっぱりサンタさんはすごいや!」
「あまり大きな声を出すと、お父さんやお母さんが起きてしまうよ」
 サンタさんは、人差指を口に当てて、しーっと言った。
「あ……ごめんなさい」
 僕は慌てて両手で口を押さえた。
「それであの……僕はタイムマシンをもらえるんですか?」
 僕は期待に胸が高鳴った。今までこんなに胸がドキドキしたことはない。
 でも、そのドキドキは長くは続かなかった。
「残念だけど、タイムマシンをあげることはできないんだ」

「……え?」
 何秒沈黙が続いただろう。十秒か、二十秒か、もしかしたらもっとかもしれない。サンタさんにタイムマシンがもらえないと言われてから、僕が今の言葉を口に出すまで、長い沈黙があった。
「タイムマシンは、あげられない」
 サンタさんは、もう一度、さっきよりもゆっくりとそう言った。
「それってあの……やっぱり僕が起きてたからなんですか? 僕が悪い子だから……」
「いや、そうじゃないよ」
「じ、じゃあ……いくらサンタさんでも、タイムマシンを造ることは不可能だった……?」
 サンタさんは何も言わなかった。
「いったいどうして? どうしてタイムマシンがもらえないんですか?」
「今、君にタイムマシンをあげると、世界が大きく変わってしまうんだ」
「世界が……大きく?」
「難しい説明はしても分からないだろうから省略するけど、今この世に、タイムマシンは存在しない。造ることができないからだ」
「それは、聞いたことがあります」
「でも今から数十年後の未来に、タイムマシンは世に顔を出す。ある一人の科学者が、実現不可能だと言われていたタイムマシンの開発に成功するんだ」
 つまり、その数十年後の未来にタイムマシンができるはずなのに、今僕がここでタイムマシンをもらうと、歴史がおかしくなっちゃうということだろうか。世界が大きく変わってしまうというのも、そういうことなのかもしれない。
 SFの映画で、そんなような話があった気がする。
 サンタさんの言うように、難しいことは分からないけれど。
「今日はタイムマシンをあげることはできないけど、何もプレゼントがないのでは君も悲しいだろうから、代わりのプレゼントを持ってきたんだ」
 そう言うと、サンタさんはコートの中から何かを取り出して、こっちに差し出してきた。僕はそれを黙って受け取る。
「これは……?」
 ずしりと重い。サンタさんなら軽々持てるかもしれないけど、僕にはちょっと重過ぎる。
「今の君では理解はできないだろう。だけど、いつか理解できる日がくる。それまでそれを、ずっと失くさずに持っていて欲しいんだ」
「これは、何なんですか?」
「それもいずれ分かるよ。だからそれまで持っていてくれ。サンタのおじさんとの約束だ」
「……はい」
 何だか分からないけど、サンタさんがそう言うのなら、僕はサンタさんを信じる。
 僕は力強く頷き、サンタさんと指切りをした。

 あれから数十年――。
「やっと完成しましたね、博士」
 助手の男が、目の前にある乗り物を見てそう言った。
「ああ、随分とかかってしまったがね」
「でも本当に完成させてしまうなんて、未だに信じられないですよ」
 自分でもそう思う。
 無事に大学院の博士課程を終えた私は、ずっとこいつの研究、開発に携わってきた。
 決して実現することはできないと言われていたこいつに――。
「それで博士。早速起動するんですよね?」
「ああ。実はもう、何処に行くのかも、決めているんだ」
「へぇ……何処に行くつもりなんですか?」
「数十年前の過去。クリスマスの夜に、ある子供にちょっとしたプレゼントを届けに行こうと思ってる」
「クリスマスにプレゼントですか。気分はサンタクロースですね」
「まあな」
 そう言いながら、私はあらかじめ用意しておいた服に着替えた。
 白い縁取りのある赤いコートに、赤い帽子。長くて白い髭も忘れてはならない。
「……本当にサンタクロースになってしまいましたね」
 助手が私の姿を見て笑った。
「でも、プレゼントを渡すのって、寝てる間なんじゃないですか? それならわざわざそんな格好をしなくても」
「いや……きっとその子は起きてるよ。サンタが来る前に寝ようと、羊でも数えながら頑張ってると思う」
「はは……可愛いですね」
「だろう?」
 助手に釣られて私も笑った。
「さて……それじゃあ、そろそろ行くかな」
 私はそばにあった紙の束を手に取り、それをコートの内側にしまった。
「タイムマシンの設計書……持っていくんですか?」
「ああ。これはもう、私には必要ないものだからな」
「もしかして、その子供にあげるプレゼントって……」
 答える代わりに、私は助手に向かってウインクをした。
「じゃ、行ってくるよ」
「お気をつけて」
 私はタイムマシンに乗り込み、起動準備を始めた。
 あの日の自分に、プレゼントを届けるために――。

魔法の使い方

無能な男の無残な末路