春風のビート
「今日、ウチ、誰もいないんだ。だから今日はウチで……」
そう言って、ハルミはポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。
家の中に入ると、確かに人の気配はない。
こういう日は、絶好のチャンスだったりする。
家の中に、他に誰かいたりすると、なかなかやりにくいことだから。
特にハルミの方は、プレイ中は結構うるさいし、平気で家の外まで聞こえるし。
部屋に入るなり、ハルミはおもむろに上着を脱ぎ始めた。
上半身があらわになる。
初めてのときこそ戸惑ったものの、いつものことなので、もはや今となってはすっかり見慣れた光景だ。
「じゃあ、さっそく始めよっか」
「うん……」
今日も、いっちょ熱いビートを奏でよう。
ドラムとギターの音が絡み合い、家中に鳴り響く。
アンプを通したギターももちろんうるさいんだけど、何よりもハルミの叩くドラムの音がうるさい。近所から苦情が来ないのが不思議なくらいだ。
家の中に家族がいたら、間違いなく文句を言われるだろう。だから練習は、今日みたいに家の中に誰もいない日を狙ってやることにしている。
僕達は一ヶ月ほど前に、バンドを結成した。
バンドと言ってもメンバーは僕とハルミの二人だけ、あとはベースと、できればボーカルも欲しいところだ。一応僕がギターとボーカルを兼ねているけど、難しい演奏をするためには、ギターだけに専念したい。
ジャンルはロック。それもハードロックだ。
ハルミは、どこのロックバンドに影響されたんだか知らないけど、ドラムプレイ中はいつも上半身裸になる。
本番にパフォーマンスでやるならともかく、何も練習中までやることはない。
最初に練習したときにもいきなり脱ぎ出したもんだから、ビックリせずにはいられなかった。さすがに今は慣れたけど。
こいつは、冬でも脱ぐんだろうか。
「今日はさ、バンドの名前を決めようと思うんだよ」
練習が終わり、お菓子を食べながら、唐突にハルミがそんなことを言い出した。
「バンド名?」
「そ。だって、これからもっと本腰入れて活動しようってのに、まだ名前も決まってないんじゃ、何か締まりが悪いじゃんか」
「名前か……確かにそうだね」
そんなこと、すっかり忘れていた。
名前か。確かに大事なことだな。
「実は、すでに考えてあるんだよ」
「ほんとに?」
ということは、今日はバンド名を決めるというよりも、ハルミの考えたバンド名が相応しいかどうか吟味すると言った方が正しい。もちろんその結果がダメであれば、他の名前を考えて決めることにはなるんだけども。
「で、どんな名前なの?」
僕の質問には答えず、まるでもったいぶるように、ハルミはジュースを一気飲みした。
「……春風なんてどうだ?」
「春風?」
春風とは、何ともまた爽やかそうな名前だ。
「俺の名前とお前の名前、それぞれの頭文字を取って、春風だ」
ああ、なるほど。
春海恭二、風間秀之、お互いの名前の頭文字である春と風を取って春風か。
なかなか悪くない。ただ、僕達の音楽はハードロックということもあって、春風のように爽やかな、心地よい音を提供することができないのは惜しいけど。
「どうよ?」
「でもさ、これからメンバーも増やそうと思ってるわけだし、そしたら僕達だけの名前が使われてるってのは、どうかな?」
「メンバーが増えて今の名前に不満があったら、そんときは改名でもすればいいさ」
まあ、一度決めたら二度と名前は変えられないというルールがあるわけじゃないから、それでもいいけど。
「とりあえずはってことでよ。春風にしないか?」
「うん、僕はいいと思うよ」
「じゃあ、決まりな」
名前が決まると、何となくだけどやる気が満ちてくる気がする。
もっとギターを弾きたいと思う意欲。
もっと演奏が上手くなりたいと思う向上心。
そういったものがみなぎってくる。
それは、ハルミも一緒だったらしい。
「今日はもう少しだけ、練習すっか」
「そうだね」
それから僕達は、ハルミの家族が帰って来るまで熱いビートを奏で続けた。
そう言って、ハルミはポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。
家の中に入ると、確かに人の気配はない。
こういう日は、絶好のチャンスだったりする。
家の中に、他に誰かいたりすると、なかなかやりにくいことだから。
特にハルミの方は、プレイ中は結構うるさいし、平気で家の外まで聞こえるし。
部屋に入るなり、ハルミはおもむろに上着を脱ぎ始めた。
上半身があらわになる。
初めてのときこそ戸惑ったものの、いつものことなので、もはや今となってはすっかり見慣れた光景だ。
「じゃあ、さっそく始めよっか」
「うん……」
今日も、いっちょ熱いビートを奏でよう。
ドラムとギターの音が絡み合い、家中に鳴り響く。
アンプを通したギターももちろんうるさいんだけど、何よりもハルミの叩くドラムの音がうるさい。近所から苦情が来ないのが不思議なくらいだ。
家の中に家族がいたら、間違いなく文句を言われるだろう。だから練習は、今日みたいに家の中に誰もいない日を狙ってやることにしている。
僕達は一ヶ月ほど前に、バンドを結成した。
バンドと言ってもメンバーは僕とハルミの二人だけ、あとはベースと、できればボーカルも欲しいところだ。一応僕がギターとボーカルを兼ねているけど、難しい演奏をするためには、ギターだけに専念したい。
ジャンルはロック。それもハードロックだ。
ハルミは、どこのロックバンドに影響されたんだか知らないけど、ドラムプレイ中はいつも上半身裸になる。
本番にパフォーマンスでやるならともかく、何も練習中までやることはない。
最初に練習したときにもいきなり脱ぎ出したもんだから、ビックリせずにはいられなかった。さすがに今は慣れたけど。
こいつは、冬でも脱ぐんだろうか。
「今日はさ、バンドの名前を決めようと思うんだよ」
練習が終わり、お菓子を食べながら、唐突にハルミがそんなことを言い出した。
「バンド名?」
「そ。だって、これからもっと本腰入れて活動しようってのに、まだ名前も決まってないんじゃ、何か締まりが悪いじゃんか」
「名前か……確かにそうだね」
そんなこと、すっかり忘れていた。
名前か。確かに大事なことだな。
「実は、すでに考えてあるんだよ」
「ほんとに?」
ということは、今日はバンド名を決めるというよりも、ハルミの考えたバンド名が相応しいかどうか吟味すると言った方が正しい。もちろんその結果がダメであれば、他の名前を考えて決めることにはなるんだけども。
「で、どんな名前なの?」
僕の質問には答えず、まるでもったいぶるように、ハルミはジュースを一気飲みした。
「……春風なんてどうだ?」
「春風?」
春風とは、何ともまた爽やかそうな名前だ。
「俺の名前とお前の名前、それぞれの頭文字を取って、春風だ」
ああ、なるほど。
春海恭二、風間秀之、お互いの名前の頭文字である春と風を取って春風か。
なかなか悪くない。ただ、僕達の音楽はハードロックということもあって、春風のように爽やかな、心地よい音を提供することができないのは惜しいけど。
「どうよ?」
「でもさ、これからメンバーも増やそうと思ってるわけだし、そしたら僕達だけの名前が使われてるってのは、どうかな?」
「メンバーが増えて今の名前に不満があったら、そんときは改名でもすればいいさ」
まあ、一度決めたら二度と名前は変えられないというルールがあるわけじゃないから、それでもいいけど。
「とりあえずはってことでよ。春風にしないか?」
「うん、僕はいいと思うよ」
「じゃあ、決まりな」
名前が決まると、何となくだけどやる気が満ちてくる気がする。
もっとギターを弾きたいと思う意欲。
もっと演奏が上手くなりたいと思う向上心。
そういったものがみなぎってくる。
それは、ハルミも一緒だったらしい。
「今日はもう少しだけ、練習すっか」
「そうだね」
それから僕達は、ハルミの家族が帰って来るまで熱いビートを奏で続けた。