夏の過ごし方

 夏は躍動の季節。心身ともに活発化する季節。
 ――なんて言ったりするけれど、とんでもない。
 躍動しているのは気体分子だけで、僕自身は分子の運動が活発になればなるほどブレーキを踏み込む力が上がっていく。僕のように暑いのが死ぬほど苦手な人間は、炎天下の中を躍動なんてせずに、冷房全開の部屋でゲームを起動する季節こそが、夏だ。
 僕は別に、海も山も好きじゃない。どちらかと言うと嫌いだ。
 海水浴に行って日焼けすると肌がピリピリして痛いし、山には僕の嫌いな虫が多いから、なるべく近付きたくない。キャンプとか楽しいと言うけれど、僕は野外で寝るのには抵抗があるから、きっとキャンプは楽しめない人種だと思う。
 幸い、一番暑い時期は学校が夏休みになるから、ずっと家の中で過ごすことができる。一日中部屋の中でマグロになっていられれば、僕は満足だ。別にここで言うマグロには変な意味は含まれていない。
 冷房の温度を下げすぎると、外に出たときに冷房病になると聞いたことがある。要するに激しい気温差が身体に負担をかけるわけだ。でも僕は冷房の温度はある程度低くないとダメな人間なので、そう考えると、一日部屋から出ないでじっとしている方が、ある意味では体に良いんじゃないだろうか。
 まあ、真に体に良いのは冷房を使わないことだろう。地球環境にも良い。しかしそれは、僕にとっては暗に、死ね、と言われているようなものなので、却下。
 夏は制動の季節。溢れる生命力を端からエネルギーに変換して放出なんてせずに、食欲の秋やスポーツの秋に備えて今から体力を温存しておくのが、賢いやり方なのだ。
 そんなわけで、僕は来る日も来る日も家の中でひたすらゴロゴロしているのだけれど、世の中というのは実に無情なもので、今年一番の暑さを記録した日に限って、外出の用事を押し付けられたりする。自分の体温よりも気温の方が高いんじゃないかというこんな日に自転車で十五分もかかるスーパーまで買い物なんて、地獄だ。自分の知らないところで、何か懺悔しなければならないような罪を犯したんだろうか、僕。
 あまり体力を使わないように、十五分のところを二十分以上かけてのんびり進んだのに、スーパーに着いた頃には汗が止まらなかった。買い物から帰ったら一キロくらい体重が減っているに違いない。
 店内は避暑地のように涼しかった。こんな田舎のしょぼくれたスーパーをユートピアと同義にできる人間は、地球上に何人いるだろう。
 願わくばずっとここで冷えていたいが、残念ながらいつまでもここにいるわけにもいかない。さっさと買い物をして家に帰ろう。
 角を曲がって野菜売り場のコーナーに行くと、見知った顔に出会った。
「カナちゃん、こんにちは」
 名前を呼ぶと、向こうも僕に気がついた。
「あら、こんにちは」
「カナちゃんもお買い物?」
「夏休みの間は、わたしがお遣い係なの」
「ふーん」
 じゃあ、しょっちゅうこうして買い物に来ているのか。偉いな。
 カナちゃんは、僕のクラスメート。クラスで一番かわいいと評判の子だ。その評判は正しいと、僕も思っている。
 さすがに買い物に慣れているのか、カナちゃんは買い物リストと思われるメモ用紙を見ながら、野菜をひょいひょいと買い物かごに入れていく。
「そんなに買うの?」
「うちは大家族だから」
 かごはあっという間に満タンになってしまった。これを一人で持つのは大変だろう。
「手伝うよ」
「ほんと? ありがとう」
 カナちゃんが満面の笑みを浮かべた。運賃代わりってことにしておこう。
 僕も自分のかごに必要な物を入れ、その上からカナちゃんのかごに入っていた野菜を少し乗せた。
 レジに行き、カナちゃんの分の品物を再び移して無事に会計を済ませ、僕たちは一緒にスーパーを出た。
 外はサウナみたいだ。一歩出た瞬間、もわっとした熱風が体を襲う。
「ありがとね、ここまで運んでもらっちゃって」
「別にいいよ」
 カナちゃんの荷物は多いので、袋が二つに分けられている。そのうちの一つは僕が持っている。
「二つはかごに入らないね」
「大丈夫よ。こっちはそんなに重くないから、ハンドルにぶら下げて行く」
 そう言いながら、カナちゃんが袋をハンドルにかけた。
「あ、そうだ」
 何かを思い出したように、カナちゃんがポケットをごそごそと漁り、何かの紙切れを取り出して僕に見せた。
「明日は暇してる? これ、プールのチケットなんだけど、一枚余ってるから、よかったら明日、一緒に行かない? 最初はリサちゃんたちを誘ったんだけど、家族で旅行に行ってるからダメなんだって、断られちゃった」
 確かに、これは市営プールの入場券だ。ウォータースライダーとか流れるプールとか、田舎のくせに結構充実した設備があり、夏休みは遊びに行く家族も多いと聞く。室内プールなので、日焼けの心配はない。
「今日のお礼ってことで、どう?」
「うん、行く」
 僕はカナちゃんからチケットを受け取った。
 それから明日の予定を簡単に打ち合わせて、カナちゃんは自転車に乗って帰って行った。
 カナちゃんとプール――か。
 夏は制動の季節。溢れる生命力を端からエネルギーに変換して放出なんてせずに、食欲の秋やスポーツの秋に備えて今から体力を温存しておく季節――
 ――だなんて思っているやつもいるみたいだけど、とんでもない。
 夏は躍動の季節。アクセル全開で好きな女の子と目いっぱい青春するのが、夏の正しい過ごし方なのだ。

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