訓練と実戦

 今日もいつもと同じ一日を過ごすと思っていた。
 朝起きて、仕事に行って、帰って来て、寝る。週末なら職場の同僚と飲みに行ったりもするけれど、今日は週の真ん中。直帰することが多い。
 今日も、そんな当たり前に一日が終わると思っていた。
 銀行は、いつ強盗に襲われるか分からない。だから時々、強盗対策訓練を行う。ちなみに今日がまさにその対策訓練の日だ。
 正直に言うと、緊張感に欠けている部分はある。確かに、銀行強盗に扮した人は毎回違う人が来るのだが、誰もがそこそこの演技力を持っていて、実戦さながらの訓練ができるのは事実だ。と言っても、実際にうちの銀行が強盗に襲われたことはまだないので、実戦がどれほどのものなのかはよく分からないが。
 しかし、さすがに何度も訓練を行っていると、どこかで油断が生じる。悪い意味で慣れてくるので、それが緊張感の決如につながるのだ。
 今日も、何時に来るのかは聞いていないが、だからと言っていつ来られてもいいように気を張っているなんてことはない。かなり緩んでいる。もっとも、本物の銀行強盗はまさにいつ来るか分からないし、強盗に備えて年がら年中気を張り詰めているわけでもない。完全に油断しているところを襲われる可能性もあるので、そういう意味ではこれくらいの方が模擬戦としては効果があるのかも。
 そうこうしているうちに、訓練が開始した。
 午後の、何となく全員の気が一日の中で最も緩みがちになっているところに、強盗役の人が現れて、金を要求してきた。今回の人も実に良い演技をする。
 今回初めて対策訓練を体験する新入社員はわりと表情に緊張感があるが、もう十数回も経験している私は、やはり緩んでいるのが自分でも分かる。
 防犯訓練において大事なのは、人命優先。銀行はお客様の大事なお金を預かる機関ではあるが、それでも人命の方が大切なのは言うまでもない。
 今回も、人命を優先したマニュアルに従い、強盗役の人にお金を渡して、訓練は終了した。当然ながら、怪我人はゼロ。
 無事に終わって何よりだ。あとは残りの仕事を終えて家に――。
 そんなことを思っていると、またしても銀行強盗役の人が現れた。さっきとは別の人だ。
 今日は二度行う予定だったのだろうか。確かに、無事に訓練が終わって、今は誰もが一番油断しているときだから、これは効果のある訓練かもしれない。日に二度も訓練をするとは思わなかったので、さすがの私も少し緊張した。
 この人は、さっきよりも演技が上手い。迫真、という言葉は、まさにこんなときに使うべき言葉だろう。
 先ほどと同じように、犯人の要求に応えて金を渡す。先ほどもそうだったが、犯人は私の受付席の前に立っているので、金を渡すのは私の役だ。こういうのは新人にやらせた方が良いような気もするが、まあ今回は私が手本を見せたということで、納得しよう。
 強盗役の男はバッグに金を詰め終わると、拳銃の銃口を真っ直ぐに私に向けた。
 こんなにしっかりと銃を向けられるのは初めてだ。私はさらなる緊張感が自分の中に発生していることに気がついた。良い状態だと思う。
 でも、何かがおかしいなと思った。
 悪い予感とでもいうのか、そんなものが私の頭をよぎった。
 目の前の男の口が動いた。何かをしゃべっている。
 しかし、その言葉を理解することは、私にはできなかった。脳内に銃弾が撃ち込まれたせいで、あらゆる情報処理能力が一瞬にしてゼロになったからだ。
 視界すらもゼロになっていく中、一つだけ処理できたのは――
 いつもと変わらない一日が過ごせる保障なんて、どこにもないんだなということだった。

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