カーチェイスの事情

 我慢の限界だった。一刻も早くトイレに着きたい。
 周りの車には悪いと思ったけれど、僕は少し乱暴なスピードで車を飛ばし、次のサービスエリアまで急いだ。
 すると、そんな僕の猛スピードを更に上回るスピードで後ろから一台の車が迫って来た。
 狭過ぎる車間距離。さっさと左に入れと挑発してるとしか思えない。僕はイラッと来た。
 こっちもお返しとばかりに、軽くブレーキを踏んでランプを点けてやった。一度ではなく、連続で何度か。
 多分、向こうもそれでイラッと来たのだろう。車間が離れたのを確認して気が済んだから、普通に譲ってやろうと思って僕が左車線に入ろうとしたら、かなり強引な割り込みで向こうが先に左車線に入り、左から僕を追い抜いた。かなり危なかった。僕はもう左車線に入りかけていたから、もう少しで、漏らすなんて目じゃないほどの大惨事になるところだった。
 こっちはちゃんとウインカーを出していたのだから、左に入ろうとしていたのは分かっていたはずなのに。わざととしか思えない。
 それで火が点いてしまったのかもしれない。気がつけば僕はもう一度その車に追いつき、追い越し車線から一気に追い抜いた。向こうも相当なスピードを出していたから、追い抜くにはかなりの踏み込みが必要だった。
 そこからは追い越し合戦だった。
 追い越し、邪魔をするかのように相手の前に出る。その繰り返し。
 他の車から見たら、随分と迷惑な二台だったことだろう。でもそんなことは関係なかった。
 サービスエリアが見えて来た。ここぞとばかりにアクセルを踏み、相手を追い越す。
 その勢いのままにサービスエリアに入ろうとしたが、ウインカーを出した瞬間、向こうの車が僕の前に出て、サービスエリアに入って行った。
 またイラッと来たが、もはやどうでも良い。今はトイレに着くことの方が大事。
 向こうの車が止めた隣が空いていたので、考える暇もなくそこに停車。猛ダッシュでトイレへ。
 向こうの車の運転手も、同じように車から降りるや否や、一目散にトイレに向かった。
 トイレは空いていた。でも僕たちは入口から最も近いところに並んで立ち、用を足した。
 尿と同時に、イライラした気分も出て行く。出し切る頃にはすっかり落ち着いていた。
 ふと隣を見る。向こうも同じように落ち着いた表情をしていた。
 目が合う。本当は小言の一つも言いたかったのだが、そんな気は失せてしまった。向こうも同じだったに違いない。互いに軽く微笑むだけだった。
 もしかしたらこの人も、最初からトイレを我慢して急いでいただけかもしれないと思った。何となくその目が、人に迷惑を掛けることを好むように見えなかったから。もしその通りなら、互いにそれを邪魔してしまった形になる。
 確かめはしなかったし、謝りもしなかった。向こうも同じだった。
 サービスエリアから出た後、あの車はまるで人格が入れ替わったかのように無理な追い越しはせず、僕より一つ手前のインターチェンジを降りて行った。

心の音

不殺の誓い

神の思考力と人の理解力

言葉の力

誤解

訓練と実戦