死ぬほど本が好きで

 その青年は、何よりも本が好きだった。
 三度の食事、制限時間のない惰眠、適度な性欲の発散。そのどれもが、彼の本好きの前には無用な長物だった。もちろん、三度の食事を全て抜いたら、いずれは飢えて死んでしまう。ずっと不眠の状態が続けば、体調を崩して死んでしまう。性欲の発散は、死ぬことはなくとも、全く処理しない、というわけにもいかないだろう。
 だから彼は、ご飯も食べるし、睡眠も取るし、時々性行為もする。でもそれは、死んだら本が読めなくなるから、という大義の下に行われているに過ぎない。つまり彼は、本の為にご飯を食べ、本の為に睡眠を取り、本の為に異性と寝る、そんな男だった。
 給料の実にほぼ十割が、本代に費やされる。給料を紙幣ではなく図書券に変えたって、彼は何も不満に思わないだろう。むしろ喜ぶかもしれない。そして実際にそうなったところで、彼にとっては何の不自由も不都合もない。
 そう、彼にとっては。
 生活費の全てを本に継ぎ込める。愛書家にとっては理想的だろう。しかしあくまでも理想は理想。現実的に、そんなことは無理だ。よほど恵まれた環境にいないと、本だけにお金を使うことなど到底できない。
 彼も例外ではなかった。
 しばらくはそれでも良かった。元々、食費だって大してかかりはしないような生活スタイルだ。本を読みながらこんにゃくをかじるだけの食事だって珍しくなかった。
 しかし、生きていく上で必要なのは、本と食事だけではない。その他、ありとあらゆるところで、何やかやとお金は必要になってくるのだ。青年には、その気配りが足りなかった。
 彼がどんな結末を迎えたのかはあえて語るまでもないだろうが、それでもあえて語ろう。
 必要な支払いを全て無視して、彼はひたすら本を買い漁り、読書にふけった。意図的に無視したというよりも、そんなことはすっかり頭の中から追い出されていたと言った方が良いだろう。家賃もまた然りだ。
 彼の知らないところで、正確には覚えていないところで、各種支払その他の滞納金額はどんどん膨らみ、ある日、大きくなりすぎた風船が破裂したところで、彼は捕まった。
 彼には支払能力がない。何せ宵越しの銭は全て本に消えてしまう。貯金などあろうはずもない。
 結局、彼は積み重なる借金の前になす術がなくなり、命よりも大切にしていた本を全て手放さなければならなくなった。いや、自分の命を守る為に本を手放したのだから、命よりは大切ではなかったのかもしれない。
 本が好きで、本の為だけに生きてきたせいで、青年は本を全て失った。
 狂信的なほどに何かを好きになれるのは、素晴らしいことだ。しかし、過ぎたるは及ばざるがごとしという言葉を、彼は知っておくべきだったろう。

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