天秤

「はーい、始めますよー」
 先生の声が教室中に響いた。
 今日の理科の授業は天秤で物の重さをはかろうというものだった。
 各テーブルの上には天秤が一つと、重さの違ういくつかの分銅、分銅を掴むためのピンセットが置かれている。
「それじゃあ、まずは身近にある物の重さをはかってみましょうか」
 身近にあるものと言われて真っ先に目についたのは、同じくテーブルの上に置かれている筆記用具だ。隣に座っている沙織ちゃんも同じことを思ったらしい。筆箱の中から消しゴムを取り出してこっちに見せた。
「ねぇ、これを乗せてみましょうよ」
 反論はない。沙織ちゃんが言い出さなければ、僕が自分の筆箱から消しゴムを取り出して同じことを言っていたくらいだ。
 僕たちの向かいに座っている隆志君と慶子ちゃんも賛成みたいだ。
 さっそく沙織ちゃんの消しゴムを乗せて重さをはかる。
「ん~……十七グラムみたいね」
 十グラムの分銅が一つ、五グラムの分銅が一つ、一グラムの分銅が二つ、合計十七グラムだ。
「どう、天秤の使い方、ちょっとは分かったかな?」
 先生が僕たちのテーブルをのぞき込むように見た。
「本当は薬品の重さをはかったりするのに使うんだけど、まずは使い方を覚えてもらいたいから、もっといろいろな物で試してみていいよ」
 先生が笑いながらそう言った。
 それから僕たちはシャーペンの芯とか慶子ちゃんの筆箱に入っていた熊さんの小物とか、文字通りいろいろな物を乗せてみた。これらの重さが分かったからと言ってどうということはないんだけど、何となく面白いなと思った。

 僕はふと思いつき、ある物を天秤の上に乗せようとした。
「それは何?」
「……手紙」
 沙織ちゃんの質問に僕は簡潔に答えた。
 しかし天秤に乗せるにはちょっとサイズが大きい。とてもじゃないけど乗らない。
「もしそれを乗せるなら、小さく折りたたまないとダメね」
 沙織ちゃんの言葉に僕は小さくうなずき、天秤に収まる大きさまで手紙を折りたたんで、分銅で釣り合いを取ってみた。
「……この天秤は、嘘つきだ」
 僕はそう思った。
物の重さをはかるのが天秤の役割なのに、これじゃ役割を果たしていない。
「どうしたの?」
 僕の声が聞こえたらしく、先生が不思議そうな顔でこっちに近寄ってくる。
「この手紙がこんなに軽いわけない。これには僕の気持ちがたくさんこもってるんだ。だからこの天秤は嘘吐きだ!」
「……え~と……」
 先生が言葉に詰まっていた。沙織ちゃんに隆志君、それに慶子ちゃんも呆然と僕を見ていた。
 どうしてそんなに呆然としているのかが僕には分からなかった。
 この手紙は僕が気持ちを込めて書いた手紙だ。僕の思いがたくさん詰まっている。もっともっと重いと思っていた。
 この天秤は重さをはかり間違えているに違いない。それか天秤はどんな重さでもはかれるわけじゃないのか。もしそうなら天秤なんて何の役にも立たないじゃないか。
 教室がやけにしんとしていることに気づいて僕は周りを見回した。みんなが僕たちのテーブルに、というよりも僕を見ている。みんな何の冗談だと言いたげな視線だ。
 僕は冗談を言ったつもりはない。だから何の冗談でもないことをアピールした。
 さらに静まり返る教室。僕は空気が重くなるのをはっきりと感じた。
 それでも天秤の傾きは変わらなかった。
 どうやらこいつには、はかれないものが多いようだ。
 その日以来、僕は天秤を一度も活用していない。

盗られたもの、盗られてないもの

ドングリの背比べ

時を告げる鐘の音

届かぬ想像

敵陣突破

タイムリミット