長めの夏休み、はじめました。〜この社畜からの卒業〜

今回の場合は正確には失職とは言わないかもしれんが……

この記事を三行にまとめると

ちょいと(だいぶ)長めの自分語りに入ります
幸い僕は胸よりも脚派だからあまり胸をチラ見せずに済んる方だと思います
失恋はしてないけど失職はしたからちょうどいいタイミングかもしれない
このブログを始めて約10年。ついに記事件数も800に達しました。今はほぼ週一更新だから、1000件に達するのは2年後くらいになりますかね。その頃には僕ももう初老ですよ。普段人と接することがなく、子供との接触もないので未だにおじさんて呼ばれたことは人生で一度もないんですけど、もういつそう呼ばれてもおかしくないんですね。全く自覚がないわ。

そんなわたくしですが、おそらく最も働き盛りと言われるこのアラフォー世代にもかかわらず昨日会社を退職しまして、今日から長めの夏休みに突入することになりました。まあ退職自体は昨日づけだったんですが、実際には残っている有給休暇を退職前に使いきらなきゃいけないということで、二週間前から毎日がめっちゃホリディな状態ではありました。いやあ、社会人になって十年以上経ちますけど、有給休暇って初めて使いましたよ。有給休暇って実在するんですね。概念だけの存在じゃなかったんだ……。

有休だけじゃなく退職するのも実はこれが初めてでして……生まれて初めて退職届ってやつを書きましたよ。緊張してたわけじゃないんですけど普通に書き間違えて久しぶりに訂正印を押した。

この年になるまで有休も退職も経験なし……それどころか、考えてみたら僕は就活自体ろくにしたことないんですよね。履歴書を送った経験も面接を受けた経験もほとんどなし。よく今まで社会人やってこれたもんだわ。

僕はこれまで3つの会社でシステムエンジニアとして働いてきたんですけど、どの会社も履歴書送って面接受けて入ったわけじゃなくて、何と言うか……いわゆる縁故採用みたいなもんですかね。完全にコネに頼りきった就職です。僕の座右の銘である他力本願に恥じぬ現実っぷりです。

こっからちょいと(だいぶ)長めの自分語りに入りますが、よかったら少々おつき合いください。



僕は大学時代、全然就活をしませんでした。当時はシステムエンジニアどころかどんな職につきたいかってことも全然考えてなくて……何となく研究職とか良いなあくらいに思ってました。でもそれは一般的な研究職っていうよりも漫画やアニメに出てきそうなどこかの研究機関で働くようなものを想像していたので、あまり現実的ではありませんでした。白衣着て毎日実験データを取って……みたいなテンプレートなやつ。

とりあえず就職したい会社が思いつかなかったので、時間稼ぎの意味も込めて大学院にでも行っとくかーなんてことも考えてたんですけど、結局行くか行かないか迷っているうちに願書の出願期間が過ぎちゃいまして、大学院に進むことは選択肢からはずしました。でも選択肢がなくなっても就活はしないままどんどん時間だけが過ぎていき、そろそろマジで何とかしなきゃヤバイという状況になりました。このマジでヤバイっていうのは大学四年の後期になってもまだ就職決まってないのはヤバイだろうという一般論的な話で、僕自身は全然ヤバイとか考えてなくて、相も変わらずひたすらスパロボと音ゲーに夢中な毎日を送っておりました。

とにかくですね、当時の僕はどっかの企業に就職して働く自分っていうのが全く想像できなかったんですね。だらだらとゲームをやってほとんど引きこもりに近いような生活をしている自分しか想像できなくて、だから大学を卒業した後も漠然と在宅勤務みたいなことができれば良いなーとか考えてたんですよ。毎日会社行くのはめんどくせーなと。大学みたいに気が乗らない時は平然とサボっちゃえるような、何かその延長みたいな感じが良いとか生ぬるいことを考えておったんですわ。

そんな中、ある日ふと思ったんですね。「小説家になっちゃえば就職しなくても問題ないやん、在宅で仕事できるやんけ」と。もちろん何の前触れもなくいきなり小説書こうと思ったわけではなくて、何となく書いてみたいなー的なことは前々から思ってはいたんですけど、思い浮かんだ時にシナリオとか設定を箇条書きにして楽しむみたいな中二病の黒歴史ノートにありそうな程度のことしかやってなかったんで、本腰入れて文章を書くというところまではやったことがありませんでした。妄想を書き殴るイタい奴程度の感じでした。

でも小説家になれば就職しなくて済むという、実際には現実逃避以外の何物でもなかったんですけどそれを言い訳に就活をしない自分を正当化したかったので、ぽつぽつとですが設定だけじゃなく文章の方も書くようになりました。とはいえこの言い訳を正当化するためには趣味で何となく書くだけではダメなので、まずは何か新人賞に応募しようと思いました。どんな新人賞があるかは全く把握していなかったので、当時よく読んでいたライトノベルの巻末に乗ってた新人賞に作品を出してみることにしました。

ただ今言ったようにこの時は本気で小説家を目指すというよりも、俺はちゃんと小説家を目指して小説を書いてるんだぞと自分に言い訳できれば良かっただけなので、だから本当は賞に応募するとか、それで運良く賞を受賞するとか、そんなのはどっちでも良かったんですね。書いてるという事実さえあればとりあえずは良かった。そんな中途半端な気持ちで書いていたから当然のように賞の締め切りまでに作品は完成せず、応募もできませんでした。でも別にそれで小説家になるのはあきらめたわけではなくて、とにかくいずれ小説家になれば会社勤めなんかしなくて済むんだから就活はしなくて良いだろうという考えは変わらず、結局どこにも就職しないまま大学を卒業しました。卒業式は寝すごしました。



それからはフリーターとして適当にいかがわしいバイトをしながら小説を書いていました。その時は実際に賞にも応募したんですけど、やっぱり賞を取って作家デビューするっていうよりも、賞に応募しているということは自分はちゃんと小説家を目指しているんだからフリーターでも問題ないという認識さえできれば良いという方が上回っていた気がします。僕は根本的に楽な方へ行きたがる性格なので、それで言うと当時のフリーター生活ってだいぶ楽だったんですね。シフトを適当に調整して休みたい時は休めるし、別に残業とかもないし。だから表面上は小説ちゃんと書いてますアピールをしつつも、心の中ではこのままで良いやとか思ってたんです。そんないいかげんな奴が書いたいいかげんな小説が賞を取れるかと言われたら、当然そんなはずないわけで……ものすごく才能に恵まれた人なら神様がうっかりサイコロを振り間違えることもあるかもしれませんが、僕の場合はそうはならず、送った作品はことごとく一次すら通らず、返ってくる書評も毎回「文章が冗長すぎる」「何が言いたいのか分からん」「やりたいことありすぎて不要な設定と登場人物が多すぎる」「犯人バレバレ」みたいな感じでした。

結局何も変化がないまま4年ほど経ちました。フリーター生活にもすっかり慣れてしまって、だから小説が完成したら賞に応募というのもどこか機械作業みたいになってしまっていました。受かることが目的じゃなく、賞に送り続けてさえいればとりあえず自分はあきらめていないことの証拠になる的な。

でもそんな僕を見かねた友人にある日言われましてね。「何か職にはついていた方が良いんじゃないの?」と。その友人は中学の時の同級生で、もう一人の友人(そいつも中学の同級生)と一年前に会社を起こしていました。ウェブ制作会社なんですけど、小さいながらも一応二人が何とか食べていけるくらいには業績を上げることができていて、それなりに順調そうではありました。

その二人からうちの会社に来ないかと誘われました。「別に就職したって小説は書けるじゃん?」と。小説家になって会社を辞めるならそれもよし、会社に残って二足のわらじをはくのもよし、その辺は好きにすれば良いと。だからお前にやる気があるならプログラマとして雇ってやるよと、そう言ってくれました。順調そうとは言っても当時はもう一人を雇うほどの余裕なんてなかっただろうし、しかも僕はプログラマの知識も経験もまるでない状態でしたから、しばらくは確実に使い物にならないわけで、僕を雇う=リスクしかなかったわけですけど、それでもお前がやりたいなら良いよと言ってくれました。



友人の言葉に甘えて僕は彼らの会社(以後A社と呼びます)に就職しました。初の就職です。面接も何もない、酒の席で決まった採用です。何十社も受けてそれでもなかなか内定が取れない人に話したら怒りのあまりエンコを詰められてしまいそうなほど、これ以上ない縁故採用です。

予想通りに最初は全く使い物にならなかった僕なんですが、それでもどうにかこうにかA社で2年ほどプログラマとして働きました。僕がいた頃は社員一桁のまだまだ小さな会社でしたけど、あの会社も今や200名を超えて海外にも事業展開しているくらいに成長していますから、彼らは今でもすごい頑張っているんだなと思います。

次の会社(以後M社と呼びます)なんですが、僕がA社で働いている間に別の知り合いが会社を起こしまして……オンライン学習、いわゆるeラーニング事業の会社を始めたんですよ。ただしその知り合いは営業上がりの人でシステム開発はできなかったから、その開発業務を僕たちが請け負うことになったんです。最初は業務提携みたいな感じで、システムの開発や保守は僕たちA社が担当して、その知り合いは営業や販売を担当すると。

しばらくはそんな感じでやっていたんですが、当然ながら僕たちは自分らの会社のタスクもありますし、基本的にはそっちが優先になってしまうので、業務提携という形のままだとなかなか思うように事業が進められないということで、システムに関してもM社の内部で開発できる体制を作りたいという話になりまして、その時にその知り合いから良かったらうちに来てほしいと声をかけてもらいました。eラーニングシステムの開発は僕がメインで担当していたので、そのままこっちに来て開発を続けてもらえると助かると。

それで友人たちも交えて話し合いまして、僕がM社のCTOになるということで話がまとまりました。これまた面接もクソもない、どこぞの天下りの政治家のごとき縁故採用です。しかも今度はただの正社員じゃなくて会社役員ですからね。これまた二人だけの小さな会社とはいえ大出世です。

そしてこのM社で10年ほどeラーニングシステムの開発と保守をずっと続けてきました。今もまだサービスは可動中なのでこれからも保守は続いていくのですが、まあ何と言いますか……最初に僕をこの業界に誘ってくれた友人にももちろん感謝しておりますが、当時はまだプログラマとして2年ほどしか実務経験のない、言ってもまだまだぺーぺーに毛が生えた程度の人材だった僕を開発責任者として来いと言ってくれた知人にも感謝しております。この10年間全てが順調だったわけではなく、時には顧客が大激怒するほどのチョンボもやらかしてしまいましたが、それでも何とか会社をつぶさすにやってこられたのもその人のおかげです。僕の代わりに顧客に怒鳴られてくれたり、僕の代わりに顧客に頭を下げてくれたり、僕の代わりに給料をカットしてくれたり。どんだけ他力本願に生きてんだお前はって感じよね。

僕は立場上は会社を経営する側の人間ではあったんですけど、それは会社的にその役職に誰かいる必要があったからってだけで、実際に僕がやってたことはただのシステムエンジニアとして開発の手を動かしていただけで、経営のことはほとんどCEOに投げっぱなしジャーマンでした。最初の頃は会社の売り上げすらも全然把握してなかったし、たぶん数あるスタートアップ企業の経営陣の中でも僕がダントツで役員としての自覚も実作業もやってなかったと思います。何度かスタートアップ企業の経営者たちの集まりみたいなのに参加したこともあるんですけど、みんなやっぱり自分の会社の業績を伸ばすにはどうするか、会社をどう成長させていきたいか、そんなことを熱く話すような人たちでした。話の内容もそれに関連したアイデア交換と言いますか、事業の加速や成長のヒントを得ようとするような、あるいは何かしらのシナジーを生み出せそうな相手を探すとか、そんな感じのものが多かったです。僕みたいに経営に関してはあまり興味も知識もなくて、そんなことよりハンターハンターの新しい念能力を一緒に考えようぜみたいな人はいませんでした(そりゃそうだ)。だからその手の集まりに行くとたいてい途中から誰も話しかけてくれなくて、一人で手つかずになってる料理を食べることに没頭してました。彼らはアンテナがビンビンな状態で参加してますから、ちょっと話すと分かっちゃうんですね。あ、こいつは経営のこと何も分かってない、こいつと話しても何の有益な情報も手に入らないなと。そうなるともう僕と話す価値ないですからね。みんな思うわけですよ。お前は残飯担当だと。もったいないお化けに徹していろと。

僕はそんなに空気読める方ではないんですけど、それでもやっぱり分かりますね。相手が興味を失う瞬間みたいなのが。話してる時に急に相手がスンッてなるのを感じるのよ。女性は男が胸をチラ見してくるとすぐに分かるって言いますけど、こんな感じなんですかね。幸い僕は胸よりも脚派だからあまり胸をチラ見せずに済んでる方だと思いますが……まあ胸でも気づくんなら足でも気づかれるわな。

そんな感じで経営者としては無能オブ無能でしたが、それでも一応CTOという立場を10年以上やらせていただいておりました。



それから3つめの会社(以後D社と呼びます)ですが、M社で一昨年くらいに新規事業を始めたんですよ。チャットボットを利用したウェブサービスなんですけど、それをとある大手の会社の方が気に入ってくれまして……それが後に入社することになるD社だったんですが、最初はD社でうちのサービスを導入してくれるという程度の話だったんです。でもあれよあれよ話が進むうちにサービスごと引き取りたいみたいな話になりまして……ようするに事業売却ってやつですね。

で、売却をする際に社員である僕たちも一緒にD社に引き取られることになりまして、それでそのままD社に転職という形になりました。正確はM社を辞めて移動したわけではなく、M社には所属したまま、新たにD社にも所属したという形なんですがね。ようはD社の正社員になると同時にM社の方が副業扱いになった感じです。D社は副業を禁止していないので、そうやって複数の事業所に所属する人は何人もいるようです。

このD社ってのはかなりの大手でして、たぶん名前を聞けば多くの人は分かると思うんですが、何にせよ急にそんな話がまとまったもんだからビックリしました。今まで数人規模の会社でしか働いたことがないのに、急に二千人くらいいる会社に入ることになったわけですからね。D社のことは僕も前々から知ってましたけど、自分がその会社で働くなんて考えたこともなかったです。しかもこれまたノー面接。たぶん僕のスキル的には普通に就活したら履歴書を送った時点で確実に落とされてる会社に面接受けずに入れてもらえるとか、神様が乱数調整に失敗したとしか思ませんよね。他力本願ここに極まれりって感じです。

D社に入社したのは今年の1月なんですけど、事業売却で移り住んだということもあったので、実際には去年の11月くらいからなんとなーく出入りするようになって、席や仮の社員証を用意してもらってこっそり働いていました。勤務期間としては1年近くってことになりますかね。



とまあこんな感じで今まで3つの会社を渡り歩いてきました。本当に周りの人たちに恵まれたというか……やっぱり一言で表すなら他力本願って気がします。誰かから声をかけてもらって会社に入って、別の会社に移ることが決まったから自動的に前の会社を辞める形になったという……だから自分の意思ではっきりと退職したのは今回が初めてになります。

たぶん今までの僕なら周りに流される方が楽だということで、自ら会社を辞めようとか思わずにそのまま働き続けたんじゃないかと思うんですけど、それでもどうして今回辞めようと思ったかと言うと、お金よりも時間の方が欲しくなったからです。あと何となく今の自分だったら辞めても何とかなりそうかなと思ったからです。

正直、D社に関しては待遇はかなり良かったと思います。残業もほとんどないホワイトな企業でしたし、給料もそこそこ出してもらっていました。ぶっちゃけ僕のスキルでこんなにもらって大丈夫かというくらいにもらってました。仕事内容に関しても決してどぎついわけではなく、だから待遇面で言えば辞める必要は全くなかったんですけど、何と言いますか、昨今の事情で完全にリモートワークになったこともあって、大学時代の頃の自分が少し戻ってきてしまったんですよね。ずっと家にいてゆる〜く過ごせるあの感じ。好きなことにたくさん時間を使えていたあの感じです。

ある意味在宅でずっと仕事したいな〜という願いが叶っていた状態ではあったんですけど、でも当時の僕が思っていた在宅勤務っていうのは好きな時間に働くことができる環境という意味も含んでいたんですよ。僕は基本的に夜型の人間なので昼間よりも夜中にのんびり仕事したい、みたいな。例えば小説家だったら、毎日10時から19時の間に執筆しなきゃいけないとか決まってないじゃないですか。締め切りは決まってるけど、その間にどういう時間配分で仕事をするかは自分で好きに決められる、ちゃんと間に合わせさえすればいつ休もうが自由にしていいみたいな。そういうのが理想的だったんですね。

でもこれはD社に限った話ではないと思いますが、D社はリモートワークとはいえコアタイムは決まってましたから、昼間働かずに夜中働くってのは基本ダメで、やろうと思えばできなくはなかったかもしれないですけど、一応タイムカードを押すのに相当するような勤怠報告がありましたし、毎朝ミーティングで進捗報告などをやらなきゃいけなかったので、好きに休もうと思っても進捗が滞っていたらすぐにバレてしまいます。勤怠システムに毎日出勤と退勤を入力するなんて今までやったことなかったんで、さすがに大手の会社はそういうのしっかりしてるなって思いました。

そんなわけなので当然プライベートな時間というのは好きに確保できるわけではないんですけど、やっぱり家にいて誰にも見られていないと思うと、他のことやりたくなっちゃうじゃないですか。ちょっと疲れたなと思ば昼寝もできるし、気晴らしにマンガ読んでても誰にも怒られないし。特に今年に入ってからはYouTubeチャンネルを始めたりもしたので、もっと動画を作る時間がほしいとか、リモートワークになってからそんなことを思う時間も増えました。

ちなみに小説の話がすっかりどっかに行っちゃってますけど、執筆活動の方も未だに続けてはいます。賞を取ったりはしてないんですけど、この10年の間に2冊ほど出版もできました。せっかくなんで軽く宣伝させてもらいますが、混昔物語という小説を出版しています。もし興味があれば読んでもらえると嬉しいです。

混昔物語 〜日本昔話奇譚〜
混昔物語其ノ弐 ~日本昔話英雄譚~

てなわけで、小説を書く時間ももっと欲しいと思うようになりました。もちろん会社勤めしていても小説を書いたり動画を作ったりはできます。でも僕をこの業界に誘ってくれた友人やCTOとして雇ってくれた知り合いには申し訳ないですが、システムエンジニアという仕事が自分にとって天職だとは全く思ってないですし、この先もずっと続けていきたいとかもっともっとスキルを伸ばしたいみたいな向上心も特にありません。そもそも最近の自分を見ているとエンジニアとしてのピークはだいぶ前に過ぎたなと思います。新しいことを覚えるのにも今までの何倍も時間がかかるようになりましたし、だからこの先さらに自分がエンジニアとして飛躍することは望めないだろうなと、そんなふうに感じています。これが好きな仕事だったらそれでも何とかあがこうとするのかもしれませんが、正直なところ、僕がエンジニアを続けられた理由は友人たちの恩には報いないといけないと思っていたからで、この仕事が好きで続けてきたという思いはあまりないので、エンジニアとしてこれからも頑張っていきたいというモチベーションも今はそんなにありません。現状、今の自分には稼ぐ手段がそれしかないというのは事実なんですけどね。

今までは自分が辞めてもすぐに代わりが見つからないような環境で仕事をしていました。A社も、僕がいた頃は人数が少なかったので一人一人がそれぞれの案件を抱えて個別に動くような状態でしたし、M社にいたってはずっと開発メンバーが僕一人のままでしたからね。途中インターンシップの子が来たり一部の開発を外注に投げたことはありましたが、新しい人の採用がなかなか上手くいかなくて、結局メンバーは増やせないまま今に至ります。だから自分が辞めると次の人が見つかるまで完全に開発が止まってしまうような状況だったんですけど、でもD社に関しては僕の代わりなんていくらでもいる環境だったので、あまり固執しなくても良いのかなと思いました。最初からチームで体制を作っての開発でしたし会社自体も大きいですから、エンジニアを探そうと思えばいくらでも探せるだろうと。抜群に高いスキルを持つ人は簡単に探せなくても、僕程度のレベルのエンジニアならそこら中にいるはずだから問題ないだろうと。

だからD社に入る時、とりあえず半年は頑張ってみるけど、その間にもっとここで働きたいとかもう少しここで頑張りたいと思えなかったら、その時はきっぱり辞めようと決めていました。さっきも言いましたがD社を辞めてもまだM社の方には所属しているので、いきなり給料がゼロになるわけではない。生活費はM社の給料だけでも十分に足りているから、今の自分にとって大事なのは収入よりも時間だなと。そう判断した結果が今回の退職です。

小説は書いてて楽しいですし、僕は趣味と仕事は別にした方が良いとは全く思っていないので、小説を書く時間はあればあるほど嬉しいです。やはり好きなことで収入が得られると、それに使える時間がたくさん増えるというのは大きなメリットだと思うんですよね。僕が小説家になろうと思った理由の一つは会社勤めしたくないからと言いましたけど、結局それも、小説書いて収入が入るようになれば趣味とは別に仕事を確保する必要がなくなるので、会社に行かずに存分に小説を書くことができるという理由もあるからなんです。確かに趣味と仕事では責任の大きさなども違ってきますし、必ずしも全てが自分のやりたい通りになるとは限りませんが、そもそも趣味とか関係なしに生きてく中で自分の思い通りにならないことなんか山ほどあるので、時にはやりたくないこともやらなきゃならないとか思い通りにできないとか、そんなのは好きなことをめいいっぱいやってお金もらう代償としては安いもんじゃないかと思っています。

一応出版はしましたが収入的にはまだまだ全然なので、これからはもっとそっちにも力を入れていこうと思っています。あと動画も作ってみると大変ですけどなかなか面白いので、YouTubeチャンネルの方ももうちょいしっかり育てていきたいと思っています。



とまあ、以上が今回の退職に至った経緯なんですけど……実は退職を決意した理由はもう一つありまして。

先ほども言いましたが、僕は今までほぼ一人でしか開発業務をした経験がありませんでした。しかもやれって言われたことを一人でこなすとかじゃなくて、自分で決めて自分で開発するという、まあようするに自分の好きなようにやれていたってことですね。もちろん責任は伴いますが、全責任を負う分、束縛も少ないといった感じです。しかも一人ですから、部下に指示を出したりとかチームのマネージメントをするとか、そんなのも必要ない。

でも今回、D社ではさすがにそうもいかなくてですね……チームでプロジェクトを動かしているから当然なんですけど、思うように動けないなと感じることが多々ありました。これは別にD社のやり方が悪かったという話ではなくて、僕自身がそういうのに全く慣れてないことが原因です。常に自分以外の人のことを気にかけなきゃいけないというのが僕は全然できないんですね。今までは要件定義もコーディングルールもタスクの進め方も全て自分ルールでやってこれたので、しかもそれを10年以上続けてきたので、すっかりそのやり方が身についてしまって、いちいち誰かに確認を取らなきゃいけないとか、みんなで決めなきゃいけないとか、そういうのが全然上手くできませんでした。ほら、小説の執筆とかも一人作業じゃないですか。基本的に僕はそういう方が向いてるんですよ。

あとこの自分ルールでずっとやってきたってのがなかなか厄介で、自分にとっての正解がみんなにとっての正解とは限らないじゃないですか。コードの書き方とかデータベースのテーブルの作り方とかも、僕にとってはこっちの方が分かりやすいけど、他の人はそれだと分かりづらいとか。今回数人のメンバーと一緒に開発してそれを如実に感じました。

今回のプロジェクトも、僕がいた間は僕が開発のリーダー的な立場にいまして……だから設計とかルール決めも僕が主体でやったんですけど、他のメンバーがそれを見てあまりピンと来てないような雰囲気がありました。正直僕が上にいたせいでだいぶやりづらかったんじゃないかと思います。かといって僕を一番下っ端に配置してもらえるかというとたぶんそれもなくて……僕も良い年ですし僕以外の開発メンバーはみんな若かったので。別に年功序列にこだわるような職場ではなかったと思うんですが、単純に他のみんなはあまり現場での開発経験がないということもあって、やはりある程度は僕が中心にならないといけない状況ではありました。

でも開発を続ければ続けるほど、みんなが思っている正解とはかけ離れていっているような気がしまして……さっき半年頑張る間にもう少しここで頑張りたいと思えなかったら辞めると決めてたと言いましたが、これがまさにその部分で、僕が半年の中で感じたのは、自分の開発って本当に我流が強かったんだなとか、自分一人なら何とか開発できてもチームになると全然貢献できないなとか、そんな印象が多くて、だから次第にこれ以上このチームにいるのは僕にとってもみんなにとってもプラスにならなそうだなとか、もっと頑張りたいってのとは真逆のベクトルで、むしろ早くここから去った方が良いんじゃないかとか、そんな思いが大きくなっていきました。

あとは何と言うか……思うようなスピードが出せなかったというのもあります。僕はそんなに仕事が早い方ではないので、思うようなスピードが出せないとなおさら進捗は遅れていきますから、それはだいぶもどかしかったです。一人だとコミュニケーションに取られる時間がないので仕様決めて手を動かして……っていう部分がスムーズなんですね。技術面でも自分にできないことはやりようがないですから、一人だとあまりいろいろ悩まずに、このやり方で行こうっていう決定をするまでにさほど時間はかかりません。でもチームだとそういうわけにもいかない。これはどこのチームでもそうなのかは分かりませんが、うちの場合は技術選定へのこだわりが強いというか、理想的な技術を追い求めることに時間を使うチームでした。だから自分ができるできないとかよりもチームとしてこれをやるべきみたいなのが結構あって、正直それについていけない部分もかなりありました。僕は10年以上エンジニアをやってるわりには勉強不足で知らない専門用語も多いので、技術について話し合う中でそれは今の僕にはできないとかそもそもその単語何だよみたいなのが多かったです。

その知識不足に加えて僕は元々コミュ障なところもあるので、技術的なこと以外でもとにかくコミュニケーションが全然上手くできませんでした。だからそこにだいぶ時間を取られてしまった上に自分の伝えるべきことをちゃんと伝えられなくて、認識の齟齬を修正するためにさらに時間を使って……みたいなことが多かったです。ピンと来ない設計を勝手にやりやがる上に技術的な話はあまり理解できず、さらに通常のコミュニケーションもまともに取れないとなれば、そりゃ他のメンバーはやりづらいわよね。チームのみんなにはだいぶ迷惑をかけてしまったと思います。

このコミュニケーションに不慣れだったというのはだいぶでかかったですね。M社ではコミュニケーションが不要でひたすら開発やってれば良かったのが、急にやたらと手を止めて話す時間が増えたので、それが必要なことだと分かっていてもとにかく煩わしいと思ってしまうことが多かったです。ミーティングは毎朝やらなきゃいけないし、それとは別に半月ごとにスプリングレビューとかいうのもやらなきゃいけないし、さらに不定期で夕方にもミーティングがあるし、それとは別に何かあればその都度連絡取り合うし……みたいな。今までその辺がゼロだった人間からすれば何でこんなに話し合いばっかりなんだよって思ってしまいました。

それから技術的な部分でも、M社で開発してた時はとにかくまずは動くものを見せるという方を優先して開発をしていたんですけど、D社では先ほども言ったように技術面でのこだわりが強かったので、どちらかと言うとまずはソースコードとか裏側の部分を100点にしようという方を優先していたような節があって、それも今までの僕のやり方や考え方とは違っていたので思うように進めることができませんでした。もちろん僕もコードなんてどんなにめちゃくちゃでもちゃんとシステムが動いてさえいれば大丈夫だなんて思っていませんが、コードは開発者以外の人には見えない部分ですからね。システムの使い心地が変わらないなら、コードが90点だろうが95点だろうがユーザーにとっては関係ない。あと100点にこだわりだすとなかなか次にいけないですからね。それは本来完璧主義者である僕も何度も経験してますから痛いほど分かります。

これも別にどっちが悪いという話ではないです。長い目で見ればコードは100点の方がメンテナンスも楽でしょうし、チームが大きくなるにつれて新しく入ってきた人もすぐにコードを触れるようにしておいた方が良いとは思います。でも今までずっとコードを100点にするためにスケジュールを伸ばすよりも80点で良いから納期に間に合わせるというやり方でやってきた僕にとって、それほど厳密に締め切りが設けられていなくてわりと簡単にリスケできる状況というのは逆にちょっと不安でした。「え、これ間に合わなくてもマジで大丈夫なん?」って。これがマンガの週刊連載だったらどんだけ掲載に穴開いちゃうんだって話ですよ。ハンターハンターもビックリなレベルよ。

他にもいろいろあるんですけど、簡単にまとめるなら今まで自分がやってきたことや身につけてきた考え方はこのチームでは正解じゃないことが多かったという話です。そして僕はこのチームにおける正解に自分を合わせることができなかったという話です。だからこの先も長く続けていくのは無理そうだと判断して戦略的撤退をするに至りました。

まあ……このまま続けても自分は戦力にならなそうだから身を引いたって言えばちょっとは聞こえが良さそうですけど、結局はやってく自信がなくなったから逃げただけってことなんですがね。楽な方へ逃げるクセは大学時代からまるで変わってないってことですね。

退職の際に一応理由も聞かれまして、その時はやりたいことがあるからとだけ答えたんですけど、もちろんそれも嘘ではないんですが、本当はそれと同じくらい、上記のようなネガティブな理由もありました。どうやら僕はチームに混じっての開発は無理なようです。だからこれからもシステムエンジニアとして仕事をするならフリーランスとして個人で動ける形でやっていく方を選ぶと思います。またどこかの会社に入ってプロジェクトに放り込まれて……みたいなことはやらないんじゃないかなと。






ふいー。めっちゃ長くなってしまいました。まあめっちゃホリディな今だからこそ書ける長さとも言えますかね。ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございます。目に優しいブルーベリーを食べてリフレッシュしてください。

何はともあれ、久しぶりに大学生やフリーターの頃のような、むしろそれ以上に自由奔放に二十四時間を使える状態になりましたので、せっかくだからいろいろと満喫したいと思います。M社にはまだ所属しているので完全に無職というわけではないんですが、幸いなことに例のeラーニングサービスの方が安定稼働をしているおかげで日常の業務はほとんどないんですよ。僕と一緒に事業売却の際にD社に入ったCEOがまだそっちにいるので、事業拡大も今はストップしている状態ですしね。なので今のうちにがっつり小説執筆や動画作成の方を進めていこうと思います。

でもその前に、まずは外出自粛のせいで伸びに伸びきっている髪の毛をバッサリ切るところからだな……失恋はしてないけど失職はしたからちょうどいいタイミングかもしれない。あと最近洗濯機からイヤな臭いがするようになったので、業者さんを読んでキレイにしてもらおう。
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